これを無表情と果たして言うのか ページ7
「ごちそうさまでした」
「おう、腹は膨れたか」
「それは勿論。今までにないほど食べさせて頂きました」
それならよかった。中原はにかりと笑う。それ見てAもまたにこりと笑って返すが、すぐに額に滲んだ汗を手の甲で拭い始めた。
席を立ち、ティッシュの山をどうにかしようとしている姿を横目に店員へ申し訳ないが処分してもらえないであろうかと眉を下げながら問い掛けると、店員も少し困った風に笑いながらも快く頷いてくれた。
会計をさっさと済ませて店の外へ出る。中の熱気を殺すように冷たい風が中原の横を通った。店に入る前よりも灯りはあちこちで灯り始めている。Aはと言うと、何もない所で転びそうになって中原の背へどんとぶつかっていた。地味な痛みを覚えたが、苦言を漏らすほどの事では無い。やれやれ。小さく肩を竦める。
「とても美味しかったです」
「そりゃよかった」
先程腹に収めたラーメンの味でも思い出しているのか。少し後ろを歩く姿を軽く振り返って見てやると、その表情は随分と腑抜けている。ついつい、中原の口元は緩む。
しかし一歩。たった一歩を踏んだだけでAの表情はすぐさま変わった。笑みを浮かべているような表情にはとても見えない。かと言って怒っているわけでも泣きそうになっているわけでもない。無表情、とでも言うのであろうか。真顔とも違うその表情に覚えのない中原は何かが起こっているという状況にすぐさま気付いた。だが、何が起こっているのかまでは分かっていない。
「主上」
「おう」
「誠に不躾ながら…、土地勘が無いので案内をお願い致したく」
「何処まで」
「手頃な路地裏などありましたら。それも人が全く通らなず、行き止まりが望ましい」
「無茶苦茶な注文だな」
「けど、叶えて下さるでしょう?」
見た事のない表情から目だけで笑うその姿に目を逸らす。なんだか恥ずかしい気分になってしまって、余り顔を見せたくなくなってしまった。
この場所からならば、あそこであろう。ほんの少し歩幅を広げてずんずんと前を歩いていく。それを後ろでぱたぱたとやや駆け足で追うAはカルガモの雛であろうか。
何が起こるかは分からない。けれど、自分にとっては実りのある状況になっている事だけははっきりとしている。冷たい風で一気に冷えてしまった体はまたふつふつと熱を取り戻しつつあった。
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ゆずこたつ(プロフ) - 十二国記面白いですよね!私は延麒が好きです!泰麒もとても好きです! (2021年12月7日 7時) (レス) id: f9853265aa (このIDを非表示/違反報告)
袋小路窮鼠(プロフ) - 一寸先はダークさん» 有難う御座います。ただ淡々と、水が流れる様にゆるゆると進行していきたいなと考えておりましたのでそう仰って頂けますと大変嬉しく思います。 (2020年5月7日 18時) (レス) id: 8e3a8a65da (このIDを非表示/違反報告)
一寸先はダーク - 表現が大人っぽいなぁ。周りの状況とか、表情の移り変わりがとても分かりやすいですね。とっても面白いです。 (2020年3月2日 22時) (レス) id: a1a86ad9f2 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:袋小路窮鼠 | 作成日時:2020年1月27日 0時