past1.愛と名 ページ3
彼は、確かに人間の身であった。
それは揺るぎの無い事実である。
名は元より存在せず、生きる意味は無かった。生まれた場所さえも分からない、ただ憐れな少年。
それが、彼だった。
「天にまします我らが父よ…」
村の外れの教会。
彼はその前に捨てられていた。
ボロボロの薄汚い布にくるまれ、さして大した物でもないかのように置かれて。親にさえ、まるでゴミか動物かのような扱いをされて。
「願わくば御名をあがめさせたまえ…」
そんな彼をこの教会は受け入れた。
「あら、今日も一人でお祈り?偉いわね」
「シスター!」
「まあ、どうしたの。そんなに汚れて」
十字架に向かって一人、祈りを捧げる彼に話し掛けたのは、捨てられていた赤ん坊の彼を最初に見つけたこの教会の修道女だった。
そして彼女の言葉通り、彼の服は泥で汚れていた。
「こ、ころんだんだよ!僕、カエルを追いかけてて…それで…」
「クレイス!」
「な、なに…?」
「…明るくて笑顔の素敵な元気な子。私たちの可愛いクレイ。あなたは偉いわ、偉い子ね。……でもねクレイ、あなたはまだ子供なのよ。泣きたい時は泣きなさい」
その言葉に彼、クレイスは目を見開いた。
「どう、して…?」
瞳は戸惑いに揺れ、問い掛ける声は震えている。
どうして、わかったの。
ギュッと握り込まれた小さな拳は込み上げる何かを必死に堪えているようだった。
「どうして?…うーん、どうしてかしら。……でもね、クレイ。あなたは自分が思っているよりもずっと素直な子なのよ。村の人たちに何をされてもあなたは我慢してしまう強い子だけど、あなたが傷付いているのはよく分かるの」
慈愛に溢れた笑みを浮かべる、大好きなシスターの言葉。
自身の物よりも大きく、それでいて優しい手に頭を撫でられてクレイスはその両の瞳からポロポロと大粒の涙を溢した。
「ねえ、シスター…」
「なあに、クレイ」
「僕には、名前がないの…?」
「…どうしてそう思うの」
「村のみんながね、僕には名前がないって。僕は、捨てられた子だから…」
そう言ってクレイスはシスターの修道服の端を頼りなくキュッと掴んでうつむく。
そんな彼を、シスターはおかしそうに笑った。
「変ね。クレイ、あなたにはきちんと名前があるわ。クレイス・ノア。私たちの可愛い天使」
その言葉に、ずびびと鼻をすすって顔を上げたクレイスはにへらと笑って彼女に抱き付いた。
「ありがとう、シスター」
「当たり前のことよ。そんなことより、着替えてきてちょうだい。それからおやつにしましょう」
「うん!」
確かに彼は、愛されていた。
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碧石杜@奈良定(プロフ) - ありがとうございます。 (2017年2月5日 10時) (レス) id: 99d14ccf5f (このIDを非表示/違反報告)
Dhian(プロフ) - 凄くカッコイイ話です。続き楽しみにしてます (2017年2月5日 9時) (レス) id: d3419f40dd (このIDを非表示/違反報告)
碧石杜@奈良定(プロフ) - やまださん» ありがとうございます (2017年2月2日 20時) (レス) id: 99d14ccf5f (このIDを非表示/違反報告)
やまだ - 更新頑張って下さい! (2017年2月2日 19時) (レス) id: c225b78ce7 (このIDを非表示/違反報告)
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