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3.
「木下さん!」
廊下をとぼとぼ歩いて昇降口に向かっていると、前から誰かが走ってきた。暗くて姿はまだはっきり見えないけれど、声で誰かだなんて分かった。
「...佐伯くん」
直接話しかけたことなんて数える程しかない。だけど毎朝挨拶してくれたり、何かと気にかけて声をかけてくれる。私がその時を待っていて、それでいて聞き逃さないように耳をすましているその声を、聞き間違えるはずがなかった。
「どうしたの、忘れ物?」
「あー、うん。そんな感じ」
そんな感じてなんだろう。分からないけれど、私には関係がない。
そっか、それじゃ気をつけて
なんて当たり障りのない言葉を言って、彼の横を通り過ぎようとしたら、手首を掴まれて引き止められた。
手首を掴んだのは佐伯くんに他ならなくて、私はびっくりして顔をあげた。
「あー、あのさ。木下さん、チョコレート誰かにあげたの?」
「あ、あげてないよ」
「なんで?」
「やっぱり、やめようと思って。渡すの怖くなっちゃったから」
一番尋ねられたくない人からの質問だった。答える私の声はみっともなく震えて、生きた心地がしない。
いつもより何だか、強引にぐいぐいくるなあ。ほんの少しの違和感を覚えつつ、早くこの場から立ち去りたくて早口で答えた。
「じゃあ、それ俺にちょうだい」
「へ?」
予想外の言葉に今度は気が抜けて、間抜けな声がでた。佐伯くんが、私の目をまっすぐに見て言う。こんなに近くで、そんなに見られると恥ずかしい。
それにしても私のチョコレートをくれなんてどういうことだ。佐伯くんは今日既にたくさんチョコレートを貰っているはず。そんなに甘い物好きだったっけ...?
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作者名:かの | 作成日時:2017年3月28日 0時