3月1日 ページ15
side 及川徹
その日は、なんともない日だった。
いつものように朝起きて、シャワー浴びて、半裸で朝ごはんを食べて、チームに行く準備して、ゴミ出しして、隣のおばあちゃんに挨拶して。
それで最近新調したイヤホンを耳にぶっ刺して、慣れすぎて何も考えずに電車に乗って、普通にチームの体育館に着いてシューズ履いて。
練習を初めて、暑くて、自分の問題点を見つけて。
そんでドリンクを加えながら、暑くて体育館の天井を仰いでいた、そんななんでもない時だった。
〈トオル!来客だよ!〉
チームメイトの声に重い腰を上げて、あれ、今日誰かと会う予定あったっけ、と首を傾げながらロビーに向かう。
と、小さな小さな、女の子の後ろ姿。
女の子……?
ますます予定がない、と。
もしかしてファンが押しかけたのかな、と。
怪訝に思いながら、その後ろ姿に声をかける。
〈あの、何か用でしょうか?〉
〈…………恋はまことに影法師、いくら追っても逃げていく、こちらが逃げれば追ってきて、こちらが追えば逃げていく。シェイクスピアの名言です。〉
その声は凛としていて、甘く透き通った、懐かしい声。
滑らかに氷の上を滑るような、流暢な英語で。
嘘でしょ、と振り向かずとも分かるその人に、口を抑えていると、そっと振り向く女の子。
〈ずっと貴方を探していました。お久しぶりです、及川先輩?〉
〈うそ……A……〉
嫌という程脳内に再生される、学生時代の思い出。
忘れられなかった、曇りなく顔をほころばせるAの姿。
最後に見た時より、大分大人っぽくなった、髪も短くなっているけど、でも面影は残っているその姿。
〈アルゼンチンなんて…思いもしなかった!ここまで旅路は長かったんです。その旅路のお話…是非聞いて貰いたいんですけど、お時間どうですか?〉
爽やかに告げてきた、その女性になったAに。
呆気にとられながらも、頷いた。
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ワッフル☆ - 今までにないような及川さんの小説で見ていてとても温かい気持ちになりました! (12月11日 20時) (レス) @page34 id: 8ecee0a599 (このIDを非表示/違反報告)
美園(プロフ) - うぁ…好きです…好みすぎるお話でした… (2022年7月8日 18時) (レス) @page33 id: 04f1c58536 (このIDを非表示/違反報告)
しし - 素敵…色んな所をたらいまわしにされるRPGのようでとても楽しいお話でした…完結おめでとうございます。 (2020年10月16日 10時) (レス) id: 0787e6d0b1 (このIDを非表示/違反報告)
絢(プロフ) - 心温まるなんて光栄です(歓喜)私の中の及川さんの恋愛的なイメージがヘタレっぽいので、そのように動かして頂きました(笑) (2020年8月24日 21時) (レス) id: 2021c6a537 (このIDを非表示/違反報告)
あんこ - みんなの性格をすごくよくわかってらっしゃって、とても素晴らしいおはなしでした、、、!!!及川さんの少しヘタレな部分もあったりして思わず「クスッ」と笑ってしまう心温まる小説でした!完結おめでとうございます! (2020年8月24日 17時) (レス) id: fbb3dcafb2 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:絢 | 作成日時:2020年8月11日 16時