98.原罪の話と、それに関する恋慕の話【os】 ページ42
原罪とは元々、キリスト教の話だ。アダムとイブが神にそむいて禁断の木の実ーー知恵の実ーーを食べてしまったという人類最初の罪。アダムとイヴから受け継がれた罪。すべての人間は、アダムの子孫にあたる。
ならば、善悪を捨てれば、それは原罪から逃れることができたということになるのだろうか。
無知で無垢な獣のような人間になれば、それは赦されたことになるのだろうか。
話は変わるが、俺には一人の大切な子がいる。その子はお世辞にもあまり頭のいい子ではない。物事を単純的に考えて、考えることは全て短絡的だ。そんな彼女が、俺は羨ましかった。
彼女は例えてしまえば、エデンの園にいるようなものなのだ。純粋無垢で悪意を悪意とも思わない。恋慕を恋慕として受け取り、自身の感情をまっすぐに伝えてくる。
「オスマンさーん」
「なんやあ」
「好きですよー」
「ありがとなあ」
やけに間延びした砂糖みたいな声が俺の耳に入る。発された言葉はやはり砂糖菓子のようだった。俺は本当にそれが好きだった。
俺がどんなに綺麗な言葉を使って「好き」を表現しようとしても、たぶん、Aの「好き」には勝てない。
Aの好きには計算も打算も憎悪も嘘も何もない。裏に隠されている意図は何もない。そこにあるのは文字通り「好き」の感情だけなのだ。
世の中にある大半のものは嘘でコーティングされている。それに気がつかないふりをして大人は生きていて、それにいつか子供たちは気づくようになる。それは当たり前のことだけれど、寂しいものでもある。
だから、大人のまま子供のような瞳を感情を感性を持っているAが俺は大好きだ。Aの無知を馬鹿にする人間もAの無垢を利用しようとする人間も大勢いるけれど、俺はそんなAを守りたいと思っていた。
それくらい、大切だ。
けれど、俺は素直にそれを口にすることはできない。Aの口から発される言葉の全てが金平糖のように甘く輝いているのを知ってしまうと、俺の言葉が如何に無価値かを知らされてしまったような気になるのだ。
俺の言葉なんかよりも何倍も価値のあるAの好きを聞いてしまうと、俺はもう言葉を発せなくなる。かろうじて「ありがとう」だけは返すようにしているけれど、でもいつか、Aみたいに俺も「好きやで」と口にしたい。彼女に、自分の恋慕を余すことなく伝えてあげたい。
「おすまんさん」
「なあに」
「大好きだよー」
裏表のないAの紡ぐ「好き」が俺は大好きだ。
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