空想と葉桜【d！】【npl】 (ページ35)

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93.一番星は君の前では光らない【zm】ページ35

「みんなー、ありがとなすー」
雑多な光の中、だるそうに感謝の言葉を放つステージ上のアイドルは、にこりとすら笑っていなかった。
でもそれがいいのか、黄緑色のペンライトを振っている女の子たちはキャーキャーと甲高い声をあげている。
私はその後ろの方、輝く光なんて微塵も当たらない場所でそれを見ていた。
私にない輝きを持つ彼を光が当たらないスタッフルームから見続けることを、私は楽しいことだと思っている。
世界が黄緑色にキラキラと輝いているその様子は、瞳が焼けそうなほど眩しくてきれいだ。

「あー……」
ライブが終わった地下アイドルの男の子はパイプ椅子に雑に座り、野太い声を出して項垂れている。
ファンの子達が見たら一気に幻滅されそうな姿だ。いや、案外「これもいい」って騒がれるのかな。私はドルオタじゃないからわからないんだけど。
今注目の地下アイドルであるゾムは、ダウナー系アイドルとしてその地位を不動のものとしている。元々アイドルになりたかったわけではないらしく、でもこの世界で長く生きていけてるのは才能のおかげだろう。
「あー……つかれた……」
目つき悪いなあ。彼が新人の時からこのライブハウスでスタッフの仕事をしていたけれど、どれだけ月日が経ってもライブ後に機嫌が最悪になるのは変わらない。
私は彼を変に刺激しないように特に声はかけずに作業を行う。
「なあ、Aー？」
ステージ上で歌う声とは少し違う、彼の素の声で名前を呼ばれる。彼のパーソナルスペースはいささか近い。
ただのスタッフである私の名前を平然と呼んでいるし、あと距離が少し近い。気がついたら横にいることは多々ある。
「なんですか、ゾムさん」
「つかれた」
「そうですか」
ステージの上のゾムさんは、きらきらと輝いている。本人には自覚はないだろうし、そんなことを言われても多分否定するだろう。私にはそれが眩しくて、そんな彼をステージの端の薄暗い場所から見ていることが何よりも楽しかった。
「Aー」
「なんですか」
「一緒に飯食いに行かへん？」
「仕事があるので、すみません」
多分、私は彼のファンだ。彼のグッズを買ったことはないし、彼の色をしたペンライトを振ったこともない。けれど、私にとっての彼は、一番星だ。暗くて狭いステージで、黄緑色の光を浴びながら輝く一番星だ。
私はその姿が何よりも好きだ。