92.あなたからの置き土産【lntn】 ページ34
「卒業、おめでとうございます」
「お前……涙すごいよ」
ほら、と明日からはもう袖を通さないであろう制服の裾で、私の目元を擦る先輩の右胸には、赤色の造花が付いている。
先輩は今日卒業する。
桜の花びらが舞う。私の髪とスカートも靡く。先輩は私の少し崩れた髪の毛を優しく撫でている。その手つきは本当に優しくて、嫌でも年上ならではの包容力のようなものを感じてしまった。
「別に永遠の別れってわけじゃないじゃん。俺とお前の仲なんだから、いつでも会えるでしょ」
「でも、先輩と学校生活を送れるのは、今日で終わりじゃないですか」
「……まあ、そうだね」
「なんで私よりも一年早く産まれてきたんですか！」
「お前こそなんで俺より一年遅く生まれてきたんだよ」
そんな軽口を簡単に叩けるのも今日が最後だと思うと、感傷深くなる。先ほど先輩に涙を拭われたばかりだというのに、涙はまだ出てくる。
先輩は「よしよし」を赤子をあやすように私の肩を抱き、頭を撫でていた。子供扱いされていることはいらっとするのに、それでも先輩の手は暖かくて気持ちいいから、やめてほしいという気持ちは浮かんでこなかった。
「あ」
「どうしたの？」
「そういえば」
「うん」
「先輩に言いたいことがあったんです」
「なに」
「第二ボタンください」
「……そういえば少し前から言ってたね」
ずっと言い続けてきた私のお願いに先輩は少し悩んだ後、ブレザーを脱いで渡してきた。あれ、ブレザーごと？ボタンじゃなくて？
「せっかくだし、最後の一年はそれ着てよ」
アピールにもなるし、と平然としたトーンでいう先輩。こちらの顔は見ていなかった。多分照れているのだろう。
「アピール？」
「恋人いますよーっていう」
私は自分のブレザーを脱いで、先輩のブレザーを着た。大きくて袖は余るし、多少ほつれているところもある。
「私、今日からこれ着るのかあ」
「いいじゃん、似合ってるよ」
「……うん、ありがと」
「…………はやく頑張って大人になってね」
先輩は私を抱きしめた。先輩は私よりも背が高いから、私はすっぽりと隠れる。一足先に大人になってしまう先輩が苦しくて、でも愛おしかった。
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