空想と葉桜【d！】【npl】 (ページ31)

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89.クローゼット越しの地獄【zm】ページ31

クローゼットの奥に隠れて、どんなに耳を塞いでも、声は聞こえる。耳をつんざく悲鳴と楽しそうな笑い声の二種類は不協和音を奏でている。私の体はガタガタと恐怖で震えていた。
どうして、こんなことになったんだっけ。
数時間前の記憶を懸命に思い出す。
友人たちとキャンプに来ていただけだった。お酒も軽く入って、火を灯して、楽しく夜を過ごしていただけなのに、彼は突然現れた。
銀色に鈍く光る斧を持って、変わったお面を被った彼を、最初は誰もがドッキリか何かかと思っていただろう。しかし彼は突然、なにも話すことなく一番近くにいた人間を斧で滅多打ちにした。
目の前で命の灯火が消えていく恐怖に、酔いは完全に覚めて、私たちは一目散に逃げ出していた。他人を気遣う余裕なんてなくて、気がついた時には私はロッジの中にあるクローゼットの奥に隠れていた。
「おーい、誰か居らんの？」
殺人鬼の声が聞こえてくる。どうやらロッジの中にやってきたようだった。私は呼吸をすることすら恐ろしくて、口を押さえた。少しでも声が聞こえないように、と考えた末の努力だ。バクバクバクバクバクバクと心臓の音がうるさい。緊張とか恐怖とか不安とか、ごちゃごちゃと私の脳内と心の中を侵食している。
ーーーー一気に、視界が明るくなった。そしてそれを理解したと同時に、私は絶望した。
目の前には、血塗れになった殺人鬼がいる。それだけが私の目の前にある現実だった。

「みーつけた」

それは私が今まで見てきたどんなホラー映画よりも怖かった。
先ほどよりも心臓の音は大きく、そしてはやく聞こえたし、私の目からは涙が溢れていた。彼は、キョトン、とした顔で私を見ている。
「別に俺、Aのことは殺さへんよ」
理解ができなくて、頭の中が真っ白になった。名前を呼ばれたことと「殺さない」と言われたことの衝撃で、私の思考は一気に使い物にならなくなった。
でも次の瞬間、彼は私に斧を振り落としたーーーー具体的には、私の脚。アキレス腱のあたり。
とまっていた思考は痛みに支配される。悲鳴を上げられるほどの余裕もなく、私はその場で苦しみもがいた。
「でも、足くらい動かせなくても生きていけるやろ？」
痛みに支配される中、そんな声だけがやけに鮮明に聞こえた。