70.ぼくの耳の宝石【zm】 ページ4
「ゾム」
俺の名前を呼ぶ彼女の声は、どこまでもきれいだ。彼女が口に出す言葉すべてがきれいに思える。
「おいで」
その声に俺は逆らえない。ふらふらと彼女の元まで歩き、跪くように床に座った。彼女は椅子に座っている。俺の席だ。
放課後の教室には、いま俺と彼女以外の人間はいなかった。
「耳、見せて」
「……ッ！」
「あ、ごめん？痛かった？」
俺の耳たぶを思い切り引っ張り、そして謝ってもなお笑ったままのAは女王様みたいで、俺は痛いのも忘れて見惚れそうだった。
俺の耳には緑色の小さな石がついたピアスがついている。以前、Aにつけてもらったものだった。「わたしが小学校の時に使ってたやつだよ」って言いながら胸ポケットから出した安全ピンで俺の耳たぶにぶすりと穴を開けた。そして緑色の小さなピアスをつけてくれたのだ。
「今日もバレなかった？」
「…………うん」
ちなみにピアスは校則では禁止されている。バレたら多分外すことになるだろう。それは嫌だった。彼女から貰った傷がなくなるのは嫌だった。
「前髪長い。声ちっちゃい。いま気に入らないのはそこかな」
足を組んで俺を見下ろすAになら、俺は蹴られても踏まれてもよかった。出来上がる傷の一つ一つを愛することができるだろう。
「いっそのこと、髪の毛も切ってあげようか？」
けらけらと軽快な笑い声をあげるA。俺の心臓はどくどくと脈打つ。それもいいかもしれない、と俺は思っていた。湧き出てくる感情を抑えるために目線を下に向けた俺が気に入らなかったのか、Aは「つまんない」と一言だけ言って、立ち上がった。
「今日はこれくらいにしとくね。ばいばーい、ゾム。また遊ぼうね」
彼女は俺を置いて、教室を出た。軽やかに揺れるスカートの端が見えなくなってようやく、俺はふらふらとした足取りで立ち上がり、荒くなった息を整えるために呼吸をした。
「はぁ……はぁ……！」
それは恋よりももっと強い激情だ。その感情は俺を狂わせてくる。
Aが行う行為がいじめだなんて、そんなこと、俺はこれっぽっちも思っていない。
俺はいま、最高に幸せだ。
俺の耳に輝くピアスが、それの最もたる証拠だった。
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