85.鉄格子の海の上【8】 ページ27
ごぼごぼという私が溺れている幻聴が彼には聞こえているのかもしれない。都会というものは、どうしてこんなにも息がしづらくなるんだろう。
都会から見える景色がどうしても好きになれなくて、窓から景色を眺めることはなく、家に帰った私は、タオルケットに包まれてただ堕落的に一日が過ぎるのを待つことが多い。
「また寝てる」
暗くなった部屋で丸まる私を見つけるのは、いつもはっちの役割だった。ばちり、と軽い音がして部屋の明かりがつくと、そこは私だけの深海ではなく部屋の一室へと一瞬で変化する。
「……うん」
「おはよう」
「いま、何時……？」
「夜の8時」
はっちの帰りはいつも私より遅い。本当はそれが寂しくて仕方ないけれど、わがままを言うのは苦手だから、何も言えずに私はライトグリーンのふわふわしたタオルケットにくるまって、大きなペンギンのぬいぐるみを抱きながら、カーテンを閉めて、部屋の明かりを消して、そして海に沈むように眠る。その睡眠が単純的な睡眠欲から引き起こされている行為ではないことははっちはもう知っており、帰ってきたはっちが真っ先にすることは私を起こすことだった。
はっちの腕にしがみつくように抱きつくと、彼は当然のように私の背中へと手を回してくれた。
「……やっぱり、Aだけでも帰ったほうがいいんじゃない？」
「……かえらない」
泣きたくなるほど優しい声というのは、きっとこんな声をしているんだろう。私はじわりと目元が熱くなるのを感じて、鼻を啜りながらもなんとか返事をした。
私の帰る場所はここだ。
でも、本当はよくないことだろう。我慢して私がここに居続けることも、そのせいで消耗された色々を回復するために馬鹿みたいに眠ることも、はっちが毎日のようにそんな私を起こして慰めてくれることも。私の、そしてたぶん彼も、どちらの精神衛生上よくないと思う。
でも私は、はっちから離れることのほうが耐えられない。私の横には彼が居て、彼の横には私が居た。それが変わってしまったら、私はきっと呼吸の仕方も睡眠の仕方も忘れてしまう。
私が泣いても、はっちは何も言わずに私を抱きしめて、そして優しく背中を撫でてくれた。生きていく理由は、たぶんそれだけで充分なんだ。
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