84.地獄の底でもハッピーエンドを【ht】 ページ26
「ひとらん、もう、もういいよ、もうだいじょうぶ」
ーーきっかけはなんだっただろうか。今更思い出そうとしても靄がかかったように思い出せなくなる。多分、自分の中でその出来事はトラウマになっていて、脳裏に浮かべることも言葉にすることも憚られるような、そんな印象だけがついている。目の間にいる子たちが私の敵だったことは確かだったけれど、それでも私はもうそれ以上のことを思い出したくなかった。
敵。いじめ。学生のいじめ。目の前の彼ら彼女らが敵な理由。棘と毒を吐き出す化け物たち。私のがたがたの髪型とか、油性マジックで落書きされた色々とか、たぶん、私のトラウマはそこにある。今更思い出したくもないから、これ以上は何も言わないけれど。
それよりも、そんなことよりも、私が今一番やるべきであろうことは、私の敵をぼこぼこにしてくれた彼にお礼を言うことだった。
ひとらんの服は赤く染まっていて、でもひとらんには傷ひとつついていない。それだけがよかった。
「ありがとう、ひとらん」
「……俺は、なんにもしてないよ」
「うそつき。動かぬ証拠があるのに、別に嘘つかなくても」
「……うん、そっか」
「うん、そうだよ」
「そっか」
「そうだよ」
ひとらんはようやく笑った。さっきまで固い顔をして、ただひたすらに憎悪をグツグツと煮詰めていたひとらんは、ようやく人間らしい表情に戻った。
「ねえ、これから、どうしようか」
「とりあえず、逃げちゃおう。Aが横にいてくれたら、俺はどこまでもついてく」
ひとらんは笑いながら私に手を伸ばした。私は迷うことなくその手を取る。そしてそのまま飛びつくように抱きついた。ひとらんは「わっ」と小さな声で驚いていた。
「汚れるよ」
そんなことを言いつつも、ひとらんは私の背中にまわした手の力を弱めようとはしなかった。それが嬉しくて、何も言えなくなる。
「ねえ、ひとらん」
「なぁに、A」
「ありがとね」
「うん」
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 11人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
