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「嫌いなわけやないと思うよ」
隊長ーーつまりは幹部の一員で総統閣下のことをよくご存知のトントン様は、私にそう言った。
「そうですかね」
私はおざなりに答えてしまった。人に嫌われるというのはとんでもないストレスだ。だから、彼に関する話題に耳を傾けることすら面倒くさくなってしまう。
それでもトントン様は私を責めることなく、苦笑して言葉を続けた。
「あの人も不器用やからな、すまんな」
「いえ、トントン様が謝ることでは……」
「あんまり思う詰めなくてもええから」
「……。」
「Aさんは何一つ悪くないから」
「……ありがとうございます」
そんな言葉をもらえて、心が落ち着いた。私は今日総統閣下のところへ書類を持っていくことになっていたから、その言葉を胸に少し頑張ってみようかなと思えた。
「失礼します」
「入れ」
低い声が響く。私はひとつ深呼吸をして、扉を開けた。
「こちら書類になります」
「そうか」
彼はやはり私には一瞥もくれなかった。それでも私はそのまま平然と報告を続けた。
そして、話が終わって出て行こうか、となった時に、私は余計な一言を言ってしまった。
「総統閣下は、私のことがお嫌いなのですか」
別に聞くつもりなんてなかった。嫌われているのならばもうそれでよかったから、このまま放置でも良いかなとさえ思っていた。けれど、なぜか私の口は動いていた。
その言葉がはっきりと耳に入った総統閣下は、はじめて顔を上げた。彼の瞳の奥が、動揺の色を見せる。あんなにも合わなかった目があった。思わず私は目を逸らした。自分のつま先と赤い絨毯だけが映る。
そして彼は声を上げて笑い、私にゆっくりと近づいた。彼は私の顎を掴み、無理矢理目を合わせるように私の顔を上げた。彼の瞳が、近くで揺れる。その奥にある感情に、私は名前をつけられなかった。
知らないわけではない。でもこれは、私が名付けてはいけないものだ。
「嫌いなどという感情ではない」
私の心臓の音が聞こえる気がした。緊張とか恐怖とか不安とか、それに限りなく近いはずなのにそのどれでもない感情のせいで、私の心臓ははやく動いている。
「そんな言葉で片付けられるのだったら、俺はこんなに苦しんでなどいない」
愛情とか、嫌悪とか、恋慕とか、憎悪とか、そんな大きくて重い感情をすべて混ぜ合わせたら、一体どんな名前になるのだろうか。
それは私もグルッペン様も、知らないことだった。
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