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夜の空気は不思議な陰鬱さを孕んでいる。私たちは少しだけ大人になったような錯覚に陥る。この世の全ての敵と戦えるだけの十分の力が手に入ったと勘違いしてしまいそうになる。
そんなことないのに。ただの夜遊びなのに。
私とコネシマ君は冷えたベンチに座り、電車を待つ。
「電車、こないね」
「せやな」
人がほとんどいない今この時のこの場所では、びっくりするくらい相手の声が聞こえる。通勤や通学のせいでごった返している朝は、彼の声を聞くために近づかなければならない。それが恥ずかしくて、すこし楽しい。だから、夜に彼と話すと、距離が自然と近くなることがない。それがすこしだけホッとして、寂しい。幸せなわがままだなあ。
やがて静寂を破るように音を立てて、電車がやってきた。私たちが乗り込んだ号車に人はおらず、貸切状態だった。
二人並んで、優先席に座った。コネシマ君は私の手を取り、そしてきれいに彩られた爪の先を見つめている。
「水色や」
「うん、きれいでしょ」
「せやな」
行われた会話はそれだけだった。やがてドアが閉まり列車が動き出すと、私たちは手を繋いだまま、ぼんやりとするだけだった。
このまま、どこへ行こうか、と私は考える。
この列車の終点がどこなのかは知っている。けれど、そこまで行って、さらに乗り換えて、さらにさらに乗り換えて、そんなことを永遠に続けて、どこまでも遠くへ行ってしまいたい。それが私とコネシマ君の願望で、でもきっと叶わぬ願いだ。
次に止まった場所は、終点の三つ前だった。私は口を開いた。それは多分、どちらかが切り出さなければいけないから。
「……ねえ、コネシマ君」
「なんや」
「もう、いいんじゃないかな」
「……せやな」
コネシマ君は静かに頷くと、私の手を引いた。私はそれを黙って受け入れる。
「お前は、大人やな」
「そんなこと、」
ないよ、という言葉は出てこなかった。だって、本当にそんなことない。
私だって、ここから逃げ出してもいいって、ずっと思っている。でも、すべてを捨ててコネシマ君を選ぶのが怖くて、結局なにも選べてないだけだ。
私たちは電車を降りた。ゆっくりとした足取りで向かうのは、反対方面の電車が来るホーム。私たちの住む街へと続く電車を待つための場所。
私たちは、どこにも行けない運命に縛られているのだ。
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