75.アワー・ノット・ブルーベリー・ナイツ【os】 ページ12
「あ」
「どうしたの？」
一切れサイズのパイーー私はミートパイでマンちゃんはマーマレードパイーーをパン屋で買ってきた日の夜も晩御飯は、そのパイとマンちゃんが淹れた紅茶だった。ぼろぼろと崩れやすいパイは食べにくいけれどそれを無視できるくらい美味しい。
「いや、ブルーベリーのパイを食べて失恋を癒す映画があったなぁ、って思い出しただけ」
その映画は私も知っていた。映画自体というよりは、とあるソシャゲのとあるキャラクターがその映画について明言していたから知っていただけだ。それでも私の中でその映画のことはずっと印象に残っていた。
「マンちゃんは、それ見たことあるの？」
「うん。おもろかったで」
「へえ」
ブルーベリーのパイを私は食べたことがないけれど、いったいどんな味がするのだろうか。ブルーベリーの味がするのはわかるけれど、失恋した時に食べる甘いものって、どんな味がするんだろう。
泣きたくなるくらい苦いのだろうか、縋りたくなるくらい甘いのだろうか。それを私が食べる日は、来るのだろうか。
その瞬間、私はブルーベリーのパイが食べたくなった。味わったことのない失恋の痛みと共に食べたいと思った。
「どうしよう、マンちゃん」
「んー？」
「私、失恋したくなっちゃった」
私が突然そんなことを言うと、マンちゃんは一瞬だけ迷うように瞳を揺らして、そしてそのすぐ後、「俺の話に感化されたん？」とくすくす笑った。
「うん、そうかも」
「Aは『ブルーベリーパイが食べたい』じゃなくて、『失恋したい』って思うんやなぁ」
「うん、変？」
「変わった感性やと思うけど、俺は好き」
マンちゃんは優しい瞳で笑った。私もはにかむように笑った。先程一瞬だけ見せた暗い感情に揺れた瞳の理由が気になったけれど、多分上手くかわされると思ったから黙っておく。
「いつか、ブルーベリーパイも食べたいなあ」
「うん」
「その時は、失恋も一緒にしとく？」
「え、じゃあマンちゃん、今度ブルーベリーパイ買う前に、私のこと振るの？」
「うん、一瞬だけ。食べ終わったらまた告白するから」
「うん、じゃあそうしよう」
「決まりやな」
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