消えてしまった世界で【太宰治】

何処にもいかないで ページ16

あの後、覚めてしまったお粥の代わりに蟹缶でお粥を作り直してあげた。





お兄ちゃんはずっと外を見てる。
私はその横で編み物をしていた。




編み物なんて本当は苦手だ。
ナオミちゃんに教えてもらったやり方を淡々と続けている。




「…段々上手になっているね。」








「え？」








「編み物。…ほら。」




といってお兄ちゃんは私が持っている編み物の目を指差した。




「網目が細かくなってきてる。前は１つ抜かしてたりしてたのに。」







「…知ってたんだ。」









「ん、まあね。」









「もう春になっちゃうけどね。」





そう、春になってしまう。
此の儘、何事もなく、淡々とした春が…





「春になっても私が付けてあげるよ。」









「え？」








「それ、マフラーにする予定でしょ？」








「…そんなことまでバレてたんだ。」









「そんなに器用じゃない癖に…」






お兄ちゃんには何でもお見通しみたいだ。






「ねぇ、A。」






お兄ちゃんは空を見ながら私に呼びかけた。





「なに？」







「何処にもいかないで。」



それはとてもとても、か細い声だった。





「…うん。」








「編み終わってもずっと一緒にいて。」








私はその言葉に返事ができなかった。

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