7.目は口ほどに ページ8
病院に駆け込むとすぐに彼の病室がある階へ向かう為エレベーターのボタンを連打する。
周りにいる人々は何事かとこちらの様子を伺う目をしているが、そんな事を今のAに気にする余裕は無い。
酷く遅く感じた待ち時間の末やっと開いた扉に押し入る。幸い、中に人はいなかったがいたら正面衝突しているくらいにAは焦っていた。
エレベーターを降り、ナース達の制止する声も耳に入れず彼の居る個室の病室へと飛び込んだ。
『キヨ!!!』
そこには担当医と助手のいつも見る看護師。そしてAの呼び掛けた大声に目を見開くキヨが上半身を起こした状態でベッドに居た。
彼の開いた目を見たAは感極まって口を両手で抑えながらその場にへたり込む。
看護師が心配する言葉を口にしながら肩を貸して立ち上がらせてくれた。
「……お話があります」
『え……?』
彼がやっと目覚めたというのに担当医はさして喜ぶでもなく、重苦しいと言った表情と声色でそうAに声を掛けた。
第一声にはてっきり「おめでとうございます」なんて言葉を掛けられると思っていたので素っ頓狂な声をAが上げたが隣の看護師も同じような表情を浮かべていた。
そこでやっとAはこの病室を埋め尽くす不穏な空気を理解した。
キヨが一言も声を発していない。
あの馬鹿でかい声で謝るか挨拶するかくらいかましてくると予想していたのにそれも一切無い。
瞳を揺らしながらAがキヨの方を見ると、彼は知らない人を見るかのような目でじっとこちらを見ていた。
『………………やだ……うそ……』
「単刀直入に述べますと……記憶のほとんどが欠落しているようです」
詳しい話はいつもの診察室でお話しします。落ち着いたらいらして下さい。
そう付け加えると担当医はAの横を通り過ぎて病室から出ていってしまった。
『……うそ、うそだよね……?キヨ……?ねえ』
「………………」
怯えた様な彼の目に発狂しそうな程の嫌気を感じる。
一層狂ってしまいたくなるくらいこの現状が受け止めきれないし、受け止めたくなかった。
それでも彼は残酷過ぎる瞳の色のままAを見続けていた。
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たらこ - とても悲しく、深い話だなと思ました。名前がキヨをキヨと見ていたら,,, (2月12日 2時) (レス) @page40 id: 72d3936bbd (このIDを非表示/違反報告)
まりも(プロフ) - 何回読んでも泣いてしまいます。最後の解説など含めて、本当にうまく作られてるんだなと思いました( ; ; ) (7月27日 23時) (レス) @page40 id: 790bb942cd (このIDを非表示/違反報告)
カナリヤインコ - 上に『やがて月白の中で風は吹く』のイラストがあるじゃないですか、私はそのイラストに対して「へ〜…」って感情だけだったけど、全部の話を見たあと絵を見たらすごい繋がってて、この作品ははしからはしまで丁寧に作られてるんだな!って思いました。 (2023年1月15日 6時) (レス) id: 5842f57514 (このIDを非表示/違反報告)
ねこ - 最高に胸糞悪いです!(すごく褒めてます)大号泣しましたTTネタバレになってしまうかもしれないのですが、キスした後にキヨが言ったセリフを見て、心臓が凍りつくような感覚になりました。読み終わった後の喪失感。すごく良かったです。描写も丁寧で読みやすかったです! (2022年7月13日 6時) (レス) @page40 id: 4e499b6376 (このIDを非表示/違反報告)
369(プロフ) - ラストが痺れました。描写がものすごく丁寧なので頭がよわよわの私でもぱっと場面が思い浮かんで楽しかったです。 完結お疲れ様でした。 (2021年7月21日 8時) (レス) id: 1c3710e730 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:蠍 | 作成日時:2021年2月21日 4時