6.空廻る希望 ページ7
一日のほとんどを彼の病室で過ごしている。
家に帰ってもシャワーを浴びて軽い食事をする程度。
体重は七キロ減った。
こんな体では目覚めた彼に怒られてしまう。
家に帰りたくはない。
この家のどこもかしこも彼の存在が染み付いている。
どこに目を向けても元気そうな彼が笑っている記憶が思い出されて現実との差に吐き気がするのだ。
震える右手を左手で抑えながら実況部屋の戸を開く。
『……』
薄く埃を被り始めた機材達。持ち主の帰りを待ちわびているのがひと目で分かる。
彼は物をとにかく大切に、綺麗に扱う人間だった為に全て磨けば新品同様になる。勿論売るなんて考えはこれっぽっちも無い。
ただ、その日暮らし実況の彼がすぐ帰ってきて撮れるようにしてあげたい。
しかし繊細な機材も多いし、私でさえ触るのは彼の性格から考えて嫌なはずだ。
Aはそっと実況部屋の戸を閉めた。
掃除してあげたい気持ちは本当だが、掃除道具を持っていないのを証拠に実行する気はさらさらなかった。
きっと一度触れたらまた涙が止まらなくなってしまうから。
彼が触れていたものに触るだけで癇癪を起こす程に私は彼の存在に恋をしている。今なら尚更。
触れたら最後。もう戻れない。現実など見ずに過去の彼に心を奪われて引きずり込まれてしまう。
今見るべきは過去の元気な彼ではない。
病室のベッドに横たわる、人形の様な彼だ。
必要な日が来ると信じて彼のための着替えを数枚持って行っている。
もしかしたら目が覚めてすぐ筋肉量を取り戻すためのリハビリなんかが始まったら、動きやすいTシャツの一枚や二枚あっても困らない。
adidasのTシャツを二枚ほど彼のクローゼットから拝借し、またそれを丁寧に折り畳んでカバンにしまう。
もう病室には十枚ほど溜まってしまっているが、こんなことでもしないといつの日かを信じる希望が根絶やしにされそうなくらい追い詰められていた。
点滴だけで一ヶ月も経ってしまったのだから、今のTシャツのサイズが合わない…なんてこともあるのだろうか。
何をしていても思考はマイナスへと引っ張られる。
カバンのチャックを閉めていた時、急に自分の携帯が鳴った。
表示された名前を見て心臓が止まりかけた。彼の入院する病院からだった。
「清川さんが意識を取り戻しました」
その言葉を聞いた途端カバンを肩に引っ掛けてすぐに外へ飛び出す。
医者の声が不穏であったのは気にしない事にした。
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たらこ - とても悲しく、深い話だなと思ました。名前がキヨをキヨと見ていたら,,, (2月12日 2時) (
レス) @page40 id: 72d3936bbd (このIDを非表示/違反報告)
まりも(プロフ) - 何回読んでも泣いてしまいます。最後の解説など含めて、本当にうまく作られてるんだなと思いました（ ; ; ） (7月27日 23時) (レス) @page40 id: 790bb942cd (このIDを非表示/違反報告)
カナリヤインコ - 上に『やがて月白の中で風は吹く』のイラストがあるじゃないですか、私はそのイラストに対して「へ〜…」って感情だけだったけど、全部の話を見たあと絵を見たらすごい繋がってて、この作品ははしからはしまで丁寧に作られてるんだな！って思いました。 (2023年1月15日 6時) (レス) id: 5842f57514 (このIDを非表示/違反報告)
ねこ - 最高に胸糞悪いです！(すごく褒めてます)大号泣しましたTTネタバレになってしまうかもしれないのですが、キスした後にキヨが言ったセリフを見て、心臓が凍りつくような感覚になりました。読み終わった後の喪失感。すごく良かったです。描写も丁寧で読みやすかったです！ (2022年7月13日 6時) (レス) @page40 id: 4e499b6376 (このIDを非表示/違反報告)
369(プロフ) - ラストが痺れました。描写がものすごく丁寧なので頭がよわよわの私でもぱっと場面が思い浮かんで楽しかったです。 完結お疲れ様でした。 (2021年7月21日 8時) (レス) id: 1c3710e730 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：蠍
| 作成日時：2021年2月21日 4時
