29.行方不明の君と記憶 ページ30
｢きおく、おもいだせなくて……ごめんなさい……｣
｢が、がんばっても、できなくて、ご、ごめんなさい｣
｢わがままいって、ごめんなさい……もう、しません……｣
座り込んだAの高さまでキヨは膝を着いて目線を下げるとそのままゆっくり、そして覚束無い様子で深く頭を下げた。
彼本人は自覚してなくともこれは正真正銘の土下座の姿勢だ。その姿勢を見たAは嫌な汗を噴き出させた。
『ち、が……！違うの！ごめん、ごめんね！！本当にごめんね！！』
思わず全てを投げ出して彼の頭を上げて抱き締めようとするも彼はガンとして頭を上げなかった。
幼い知能ながらにきっと申し訳なさで頭を上げてはいけないと理解していたのかもしれない。
「がん、ばるから……ゆるして……？ゆるしてA…………」
『全部全部許すから！！私が全部悪いの！！だからごめんね！！ごめんね！！』
傍から見たら、今この光景はどう目に映るのだろうか。
知能の落ちた成人男性が震えて涙も出ずに土下座をし、女の方は取り乱した様に謝ってその彼にすがりついている。藁にもすがる思いを体現したように、ただひたすらに。
地獄の様な日々と空気と叫喚。正に地獄絵図だ。
けれどそれを誰一人知ることはなく、地獄にどっぷり浸かっていることにも気付かない二人はまた同じ様な道を辿る。
共依存の始まりだった。
いつの間にか涙を零したキヨは泣き疲れたのか背中を丸め込んだ体制のまま寝落ちてしまった。結局、顔を上げてはくれなかった。
Aも縋るのを止めて彼の前に寝転ぶ。傷んだ彼の髪が鼻に当たってくすぐったい。それが嫌に懐かしくてまた涙腺が悲鳴を上げた。
終わりの見えないこんな日々。もしかしたら終わりなんて無いのかもしれない。薄々気付いてたけど。
そんな考えをした途端頭が鉛のように重くなってリビングのカーペットにへばりついてしまう感覚に襲われた。
ねえ、キヨ。
当然の様にここまで来たけど本当に記憶を取り戻したいかな君は。
今こうして記憶を取り戻すことを強要されて泣き喚く彼も君であって、私の脳内で変わらないクシャッとした笑顔で｢そりゃ勿論｣って答える君も君であって。
もしかしてこんなに記憶を取り戻す事が出来ないのは思い出したくない事があるから？
『好きだよって……あの声で聞きたいな』
何ヶ月も聞いていないその声が夢に落ちる寸前、聞こえた気がした。
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たらこ - とても悲しく、深い話だなと思ました。名前がキヨをキヨと見ていたら,,, (2月12日 2時) (
レス) @page40 id: 72d3936bbd (このIDを非表示/違反報告)
まりも(プロフ) - 何回読んでも泣いてしまいます。最後の解説など含めて、本当にうまく作られてるんだなと思いました（ ; ; ） (7月27日 23時) (レス) @page40 id: 790bb942cd (このIDを非表示/違反報告)
カナリヤインコ - 上に『やがて月白の中で風は吹く』のイラストがあるじゃないですか、私はそのイラストに対して「へ〜…」って感情だけだったけど、全部の話を見たあと絵を見たらすごい繋がってて、この作品ははしからはしまで丁寧に作られてるんだな！って思いました。 (2023年1月15日 6時) (レス) id: 5842f57514 (このIDを非表示/違反報告)
ねこ - 最高に胸糞悪いです！(すごく褒めてます)大号泣しましたTTネタバレになってしまうかもしれないのですが、キスした後にキヨが言ったセリフを見て、心臓が凍りつくような感覚になりました。読み終わった後の喪失感。すごく良かったです。描写も丁寧で読みやすかったです！ (2022年7月13日 6時) (レス) @page40 id: 4e499b6376 (このIDを非表示/違反報告)
369(プロフ) - ラストが痺れました。描写がものすごく丁寧なので頭がよわよわの私でもぱっと場面が思い浮かんで楽しかったです。 完結お疲れ様でした。 (2021年7月21日 8時) (レス) id: 1c3710e730 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：蠍
| 作成日時：2021年2月21日 4時
