18.波紋 ページ19
『こんにちは…』
「あ、えっと、すみません！急に押しかけちゃって……！」
彼を自宅に上げてAが挨拶をすると、緊張しているのかあまり交わらない視線のままそう返してくれた。
レトルトとAは全く接点が無い訳では無い。
ディスコードでキヨと通話してる際に少しだけ会話してみたり、レトルトがキヨの家で撮影をする時は勿論顔を合わせていた。
だがキヨを始め、周辺の実況者が月日をかけてやっとこじ開けたレトルトの人見知りの壁をその程度の接点でAには越えられていなかっただけである。
Aもそれは重々承知していて特に気にすることも無く彼を椅子に座らせるとお茶を出した。
「もしかしてこれから病院行くところとかでしたか……？」
『あぁいえ！……お恥ずかしながら今日はちょっと溜め込んでいた家事に追われていたので……』
「なら良かったです」
ふふ、と狐のように目を細めて暖かく彼が笑う。
キヨの友達は笑顔が優しい人ばかりだ。きっとそれは彼の人望と、彼自身も同じく人を安心させる笑顔を持っているからに違いない。
「……キヨ君が目を覚ました事は知ってるんですけど……、その、近親者しか今は会えないって聞いて……。様態ってどうなのかなって、どうしても気になって」
たどたどしくマグカップを両手で持つレトルトが茶の波紋を眺めながらそう言った。
元の自我が無いキヨを尊重して必要最低限の事しか彼の友人達には伝えないよう病院側にお願いしたが、どうやら手筈通りそう言われたらしかった。
キヨという人間と関わる時間はどちらかといえばレトルト達の方が長いのだが、こればかりはプライバシーの奥底まで知っているAが管理したい。
いつだって本心から漏れ出る弱音を吐くのはAの前だったから。
『…………酷く……混乱してる状態です。……多分、今会っても前のキヨみたいに意思疎通は出来ないかもしれません……』
「……そっ……か……」
とてつもなく滅入ったその息が漏れる彼の返答を聞いてAは詳しく話さなくて正解だったと感じた。
ここで記憶はほとんど無くして幼児退行も起こしてるなんて伝えたら、それこそ自分と同じくらい手酷く傷心してしまうに違いない。
レトルトの持つカップの波紋は彼の動揺を表すように大きく震えていた。
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たらこ - とても悲しく、深い話だなと思ました。名前がキヨをキヨと見ていたら,,, (2月12日 2時) (
レス) @page40 id: 72d3936bbd (このIDを非表示/違反報告)
まりも(プロフ) - 何回読んでも泣いてしまいます。最後の解説など含めて、本当にうまく作られてるんだなと思いました（ ; ; ） (7月27日 23時) (レス) @page40 id: 790bb942cd (このIDを非表示/違反報告)
カナリヤインコ - 上に『やがて月白の中で風は吹く』のイラストがあるじゃないですか、私はそのイラストに対して「へ〜…」って感情だけだったけど、全部の話を見たあと絵を見たらすごい繋がってて、この作品ははしからはしまで丁寧に作られてるんだな！って思いました。 (2023年1月15日 6時) (レス) id: 5842f57514 (このIDを非表示/違反報告)
ねこ - 最高に胸糞悪いです！(すごく褒めてます)大号泣しましたTTネタバレになってしまうかもしれないのですが、キスした後にキヨが言ったセリフを見て、心臓が凍りつくような感覚になりました。読み終わった後の喪失感。すごく良かったです。描写も丁寧で読みやすかったです！ (2022年7月13日 6時) (レス) @page40 id: 4e499b6376 (このIDを非表示/違反報告)
369(プロフ) - ラストが痺れました。描写がものすごく丁寧なので頭がよわよわの私でもぱっと場面が思い浮かんで楽しかったです。 完結お疲れ様でした。 (2021年7月21日 8時) (レス) id: 1c3710e730 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：蠍
| 作成日時：2021年2月21日 4時
