摩天楼に踊る ページ19
鉛のように重く、油の足りない機械のように軋む体にムチを打ってひたすらに薄暗く狭い路地を走る。先程までの壮絶な光景がフラッシュバックして時折吐き気が込み上げて反射的に口元を覆う。
バシャリと水溜まりを踏み付けて跳ねた水にびっくりしたドブネズミが足元を横切るもそんなことに目を向けるほど男に余裕は無かった。
肺の奥底が引っ張られる程にまで息苦しくなった時、ようやく男はふらつく足を止めてその場に座り込んだ。殴られた腹の鈍痛に顔を歪めて摩ると今度は空腹に耐えかねて音を立てた。我ながら忙しい腹だ。ピリっとした痛みに唇を拭うと切れているようで手の甲に多少血がつくと、はだけたシャツで血を拭った。
男はこれからの事をぼんやりと考えていた。頼れる者など居ない。しかしこのままここに座り込んでいる訳にもいかない。
座っている路地を抜けた繁華街に力なく目を向けると、全く自分に気付く様子のない人々の雑踏がネオンに照らされるのが見える。自分とは真逆の世界がそこにはあった。
絶望的状況下に解決方法などあるはずもなく、考えていても仕方ないのにただ悩んだ"フリ”しか出来ない。
泥だらけの素足に近付いてきたドブネズミは餌かなにかと思っているのか必死に指先を嗅いでいる。
ここで野垂れ死ぬのもありえなく無い、な。
そう考えの果てに自嘲気味の笑いが出た瞬間である。
『あなた、こんな所で大丈夫？』
「…は」
ピシッとしたパンツスーツに身を包んだ女が突然声を掛けてきた。
その瞳は心配、というより興味とか警戒とか。とにかく真面目で真っ直ぐな色をしていて思わずじっと見つめ返してしまった。
『裸足だし唇切れてるし…まあこんな繁華街だから色々あると思うけど』
そう言いながら高そうな黒い革の鞄からこれもまた高級そうなレースのハンカチを差し出してきた。汚すのが勿体ないと受け取ることを渋ると、いいからと強く押され結局強制的に受け取ってしまった。
何だこの女、何で俺に優しくする？とぐるぐると思考を巡らすも男の考える範疇で答えは出なかった。
『名前、なんて言うの？』
「えと……キヨ…」
状況についていけないまま名を聞かれてあっさりと口にしてしまうも、慎重にいけばよかったという後悔より脳の中はハテナの方が大多数を占めていた。
『そう。私はA』
ぽかんと口を開けて眉をひそめるキヨはただその彼女の瞳に目を奪われているだけだった。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 170人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「実況者」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
color(プロフ) - 合っていまして… ！！徹頭徹尾好きで溢れてて同じ小説を書くもの、参考にもなりました…作者様のファンになりました笑 久しぶりのドキドキをありがとうございました、、！長文失礼しました。 (2022年6月12日 1時) (
レス) id: 6967548606 (このIDを非表示/違反報告)
color(プロフ) - 先程見つけて全部読ませて頂いたのですが……！言葉選びや表現の仕方等がとても素敵で…感動しました、どの話も好きです…特に「後悔愛に立たず」が一番好きです…思わず背筋がゾクッ、としましたし、彼の彼女に対する愛情や最後の終わり方が物凄く私の趣味に (2022年6月12日 1時) (レス) @page49 id: 6967548606 (このIDを非表示/違反報告)
蠍(プロフ) - もふたにえんさん» ありがとうございます！！言葉選びにはけっこつ気を付けています笑なのでそこに触れて頂きとても嬉しく思います！！本当にのろまな更新ですが引き続きよろしくお願いします。 (2019年9月16日 3時) (レス) id: 19b4bd13c3 (このIDを非表示/違反報告)
もふたにえん(プロフ) - 新しい話更新されていて急いで読みました！蠍さんの作品は全て綺麗な言葉で書かれておりどれも飽きません。完全に蠍さんのファンです笑これからもゆっくり更新待ってます！ (2019年9月16日 3時) (レス) id: a8f8fce798 (このIDを非表示/違反報告)
蠍(プロフ) - 佳奈さん» ありがとうございます！とっっっても励みになります！！ (2019年9月16日 1時) (レス) id: 19b4bd13c3 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：蠍
| 作成日時：2019年6月27日 12時
