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「ご主人様に一体何があったんですか」
「異端に食われた……いや、この言い方は正しくないね。取り込まれたというところかな」
私はそれに目を丸める。ご主人様はそんな異端に屈するほど貧弱ではない。そんな人が一体どうして。
ルシファー様は遠くを見つめるように、金色の瞳を細めた。白い睫が光で金剛石のようにキラキラと輝く。私はその様をただただ見ることしか出来なかった。
「あの子はずっとそうだ。悪魔なのに、優しすぎるんだよ。昔から何も変わらないんだ、あの子は。
今回の異端はね、子供だったんだ。多分、お母さんだけ残して死んだんだろうね。本当の姿を現したとき『ママ、ママ』ってずっと言ってたんだ。
ノアールくんはきっとその子の母親を探そうとしたんだと思う。いや、してしまったんだろうね。あの子が痛んだと分かっていながら、異端はそんな彼の優しさに漬け込み、自らの中に彼を取り込んだ。そしてノアールくんの膨大な魔力が、あの巨大な異端を成したんだ」
「異端の子供はどうなったんですか」
「……ノルデくんが殺したよ」
ルシファー様はそう言うとサイドテーブルに飾られた蝋燭に目を向けた。アロマキャンドルなのだろう。優しくて甘い香りが鼻を刺激する。
掠れた声で彼は笑った。
「異端には基本的に自我がない。自我があったとしても害を成す存在であれば排除しなければいけないってね。
僕、一瞬何が“正義”なのか分からなくなったよ。あの子ね、殺される間際、横たわったノアールくんのほうに手を伸ばして『ママ、ママ』ってずっと叫んでたんだ。あの子のお母さんは彼と同じように優しい人だったのかな。彼と同じ髪の色だったのかな。彼と同じ目の色だったのかな。
どの世界も、本当に残酷だよ。僕は色んな世界を見てきた。そしてどんな世界もね、罪のない人間の命を平然と奪うんだ。それと同じように人間は例えば英雄伝説のために、罪のない命を奪うんだ。人の命を奪って何が英雄だ。何が伝説だ。笑えるよ。
最近思うのは世界と同じくらいに人間が残酷だってこと」
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