【はた細】お嫁さんになって！【4989】

恋を失った ページ1

「…どうしよう」

平和な日々が続く体内のある日。
私は少し前を歩く白い後ろ姿を、抱えた荷物の陰からそっと窺っていた。

白血球、好中球課U-1146番。
背が高く、戦闘員らしく筋肉質で、片目が隠れた眼光は鋭く、ナイフを手に狂気的に戦うが、根は真面目な性格で面倒見がいい、白血球の一人。
私は、あの人のことが大好きだった。

「声、かけよう…かな」

私は、以前あの1146番さんに助けられたことがある。細菌から守ってくれた彼に、一言お礼を言いたくて。あのとき私の無事を確認するために振り向いたあの人に、口を開いた、けれど、
彼はすぐ駆け出していった。
咄嗟にお礼を叫べばよかったのかもしれない。でも私は、細菌に遭遇したことのパニックからまだ脱せていなくて、それきり、彼には一言も声をかけられていない。お礼も――この気持ちも。

37兆もいる私たち細胞。この繋がった一つの体内で、出会える確率はほんのわずか。
そのことを知っていたから、私は何度目かにあの人の後ろ姿を見かけた今日、今日こそは、声をかけようとした。
けれど。

「白血球さーん！」

振り向いて欲しい、そう思っていたあの人がこちらを振り向く。けれどその瞳に映るのは、私ではない赤血球の女の子。

「…赤血球。どうした？ そんなに慌てて」
「は、白血球さんの姿が見えたから、つい。えへへ」
「そうか。…今日は左の腎臓か？ 少し遠いな。俺もパトロールがてらついて行こう」
「じゃあ、お願いします。腎臓は確かにちょっと不安です」
「少しずつ覚えりゃいいさ」

ああ、と何かが溢れていく。
守ってもらえて、嬉しかった。一言だけでもお礼を言いたかった。思いを伝えたかった。あのときのあなたの後ろ姿がとても頼もしかったですと、あなたのことが大好きでしたと――そんな、彼らにとっては邪魔なことまで。

もう、二度と会えないかもしれない。
その後ろ姿が、遠のいていく。

あのときはありがとうございました。大好きでした。あなたのことを忘れません。私のこの気持ちを、どうか知らないで。

自分勝手な涙が出て、

「いや〜ほんっと、何であれでくっつかないかなあの二人」
「まあ待てばいずれ、だろ」
「2048、お前は顔がイケてるからそうやって余裕で構えてられるんだぜ。いいか？ 普通の男ってのはな、肌身離さないくらいそばに置いておかないとそりゃ普通は不安ってもんで――、っと！ 悪い、大丈夫！？」

人とぶつかった衝撃で、一筋、頰をつたった。

勘違い→

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