【文スト】きみも悪い人でよかった 第二章【中島敦】

六十五 ページ39

『…私、実は記憶喪失なんだ

幼い頃の記憶が無くて、気がついたらポートマフィアに居た

自分の名前も判らなくて、新しく名付けられたのが茉莉という名なの

そして、私は不幸せと云えない生活を送っていた

皆から可愛がられて、美味しい物も食べれて、夜は静かに眠れる

だけど、一つだけ不自由があった

それは外の世界に行けない事だった

始めは外に出れなくても善いと思っていた、だけど月日が経つ毎にうっすらと幼い頃の記憶が戻ってきたんだ


…私はお母さんと大切な約束をしていた

凄く大切な約束で、私は泣きながら守らなくちゃって、誓っていた…


……でも、どんな事を約束したのかどうしても思い出せなくて


私が覚えてる物と云ったら、お母さんの顔と本当に幾つかの断片的な思い出だけ


だから早くお母さんに会いたいんだ

会わなくちゃいけないんだ』


大きく息を吸って、吐く


全てを吐きだした。私の大切な家族の事、ちゃんと敦君に伝わったかな？

私の唯一の血の繋がった家族だから


「そうなんだ、Aちゃんにとってお母さんは大切な人なんだね。

お母さんを探すの僕も手伝うよ」


『…ありがとう』


お母さん、私は素敵な人と出会いました

今すぐにでもこの喜びを伝えに行きたいくらいです



…こうして何も知らない私達はこの夏を終えた

この関係が音をたてて崩れているのに誰も気がつかなかった

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