惚れた弱み ページ42
足早に部屋に戻るなり、虎石はすぐさま鍵をかけ、哀葉をベッドへと放る
哀葉が体を起こす前に先手を打つように虎石はその上に馬乗りになり、退路を断った
「逃げんな」
『逃げてなっ…つーか、なんであんな事したのさ』
ミュージカル学科生に見つからないよう、あの場から逃げたくて咄嗟に言った言葉だったが、そもそもの発端である虎石の行動原理は理解できていなかった
虎石も感情に任せて行動していたために、何も言っていなかったことに気付く
(分かってくれ…ってのもお門違いだよな)
相手の顔を見るだけで全てがわかるなら、この二人はこんなにも拗れて付き合うまでが長くはならなかったはずだ
「…だっせぇから、あんま言いたくねえんだけど」
『うん』
「南條」
『みなみん?』
はて、と哀葉は今日のことを振り返る
南條といえば、今日の夕方の夕飯準備の時だ。その時の出来事と虎石の言動と行動を考えると、自然と答えは分かる
そうなると、目の前で少し居心地悪そうにしている虎石が、哀葉にとって可愛く見えてきてしまって
『……ふふ』
おもわず笑みが零れたのは不可抗力だろうが、虎石にとってはそうもいかなくて、彼の表情が険しくなる
「おい、今笑うとこじゃないだろ」
『う、ごめん…ちょっと、その……好きだなって』
「……南條が?」
『ばか。和泉がだよ』
恥ずかしいことを言っているような気がした哀葉の顔は、だんだんと赤くなっていく
その表情を見て、虎石が優勢の空気が流れていくのを彼女は未だに感知できないのは痛手だろう
「もう一回」
『へ』
「言ってみ?」
『…好き』
「ん」
惚れた女の告白の一言で機嫌が変わる自分に心の中で呆れながらも、それでもいいかと勝手に自己完結する。完全に機嫌の直った虎石は、良い笑顔で哀葉を見つめて、流れるようにキスをした
「いい?」
そう聞く彼の瞳には愛おしさ以外の何かが宿っていたのを、哀葉は察して思わず否定を取る
『だめ』
「さっき部屋に行ってからって言っただろ」
『それとこれとは別』
だが、この拘束から抜け出せないのも、また事実である
「明日に響かない程度で済ませっから、さ」
『な、こらっ!』
必死に抵抗も虚しく終わることを、そろそろ哀葉は理解すべきだろうが、それは虎石が身をもって教えることだろう
一つ言えるのは、翌日ベッドの住人になる哀葉の末路が見えることだった
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作者名：春月 | 作成日時：2018年1月20日 23時
