失態 ページ45
『姫、ここは私に任せてお逃げください。この先を越えれば別の国です。国境を越えてしまえば追っ手は来ません』
「けど、お前はどうするんだ。死ぬのは許さな…っ」
騎士はそれ以上言うなと姫の口に指先を押し当てた
その表情は、苦しそうに笑っていた
『それ以上は、言わないでください。私は姫に仕える一介の騎士。貴方はこれからは亡国の王子だ。…王子の命令は聞けません。たとえ、貴方でも』
「ルベール、待てよ!俺はっ…っ!」
尚も止めようとする彼に、彼女は頬に手を添えて強引に口付けをする
『姫、いえ、アルベール。どうか、貴方に幸せがありますように』
「まっ、」
『最後に、一つだけ。私の本当の名前は……いえ、これはまた会う時に取っておきますね』
「そこまで!」
魚住の一声で通常の空気に戻る
そこでようやく、哀葉は我に返った
『あ……』
今。流れで。勢いで。和泉に──…!
「いやーびびったわ。寸止めとはいえ、勢いありすぎだろ」
半ば混乱しかけた彼女を止めたのは虎石の一言だった。実際には、寸止めではないだろうが、魚住の角度からは丁度そう見えていたらしい
「やれば出来るじゃねえか。自然だった」
『あ……ありがとう、ございます』
「今の感覚、忘れるなよ。俺は先に戻る」
そう言って魚住は先に部屋を出る。パタン、と扉が閉まると同時に、二人は脱力する
『ぅあ"ぁぁ…!危なかったぁぁぁぁ……!!』
「ほんとな…」
相手が虎石ということもあって、遠慮がなくなった故の失態である。自分の演技が出来たとはいえ素直に喜べなかった
哀葉は耳まで赤くなり、両手で顔を覆う。虎石も流石に焦ったのか、若干顔が赤い
「けど、自分の演技、出来たじゃねえか」
『それは、相手が和泉だからで……あ』
「哀葉?」
何かを思いついたかのように彼女は虎石を見つめる
『これの相手役、まだ決まってないんだよ』
「言ってたな」
『和泉、や……ごめん。やっぱ何でもない』
やってくれないだろうか。そう聞こうとして留まる
まだオーディションの途中であるのだから、余計な負荷は掛けさせてはいけない上、この役は殆ど女装しなければいけない
けれど、虎石には見通されていた
「お前が望むなら、女装だろうがなんだろうが引き受けるけど?」
『え…』
「つーかキスシーンあるなら言えっての。他の男とキスとか堪ったもんじゃねえ」
『……はぁい』
本当にこの男は、哀葉に甘い
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作者名：春月 | 作成日時：2018年1月20日 23時
