外伝集 (ページ40)

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【赤髪】下絵 Ⅲ ページ40

それから、敬語はナシね。と付け加えて、サクはスケッチブックと画材を広げる
元々、仕事をするためにこの場所に来たのだから、本来の目的に戻ったとも言う

「いいのか?サク」

『何が?』

ゼンの問いをさらりと受け流す
これはもう何も言わないな。と分かって、彼は腰を上げた
いつの間にか、少し遠くで佇んでいた側近たちの元に白雪と共に向かう

「なんか、凄い人だね…」

白雪は一度振り返り、サクを見る
集中し始めたらしい彼女は筆を持って、見た目にそぐわない程、凛とした姿勢でキャンバスを見据えている

「クラリネス宮廷画家、だからな」

ゼンの物言いに側近たちも同意するように微笑む。白雪は首を傾げていたが、何かを感じ取ったかのように微笑んだ

『大きく、なってたな』

一人になったサクはポツリと感想を零す

小さく、身を結んで間もない林檎の姿から、すっかり旬の艶やかな林檎と育っていた

『少し、過保護になり過ぎかな』

十年以上、彼女のことを忘れずにいた自分に苦笑する
自分が手塩にかけて育てなくても、実は逞しく育つのだな、と少し寂しくなりながら

『僕は親か何かになったつもりだったのかな。まったく……っ!?』

ガサリ、と頭上が揺れる音がして身構えたサクが見たものは、黒髪に猫目の男だった
日に反射するその蜂蜜の瞳が、一度だけサクを捉えたものの、それはすぐに逸らされる

(……綺麗)

彼が去った後も、サクは少し呆然としていた
自分を一瞬でも捉えた瞳が忘れられない
ドクドクと高鳴る心臓を押さえて、深呼吸
そうすれば自然と落ち着いた

(ここにいるって事は…まあそのうち会うだろ)

いつかは彼を紙に収めると決めて、彼女はパレットに絵の具を据えて行く

『さてと……仕事。の前に』

サクはパレットから筆を離し、キャンバスへ滑らせる

綺麗な、紅玉色

『祝福を』

これから始まる、大切な林檎の物語に胸を膨らませて、サクは筆を動かした