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大きく息を吸い、彼女の甘やかな匂いを胸に満たせば、霧が晴れたかのように先程までの黒い感情が消えていった。
名残惜しそうに彼女をそっと離し、俺は手に持っていた紙袋を何も言わずに差し出した。
それを見てこてんと首を傾げる彼女に、
「お返し」
と一言だけを告げる。
あぁ、と言いながら、彼女は手に持っていた3つの箱を自らのデスクに置き、俺の差し出したそれを丁寧に受け取った。
『ありがとうございます』
紙袋に書かれているロゴマークをジッと見つめた彼女の顔が、みるみるうちに青ざめていく。
『え…これって…』
おそらくそのブランドを知っているのだろう。
そしてそれが、ちょっとやそっとでは手が出せないものであることも。
「開けてみ」
ゴクリと生唾を飲み込んだ彼女が、慎重にその綺麗な包装を解いていく。
紙袋から取り出した真白い箱。
それを包んでいた青いリボンをシュルリとほどくと、箱の上部に手をかけそれを開く。
そこにはイエローゴールドの華奢なチェーンでできたブレスレットが収められていた。
『わぁ、綺麗…!』
留め具の反対方向には、アクセントとしてほんの小さなプレートがついていて。
それに気づいた彼女がすぐに確認すると、
『……っ』
そこには2人のイニシャルが刻まれていて。
感極まったらしい様子の彼女が口元を手で押さえる。
『須貝さん、これ、あの、』
何やら慌てた様子の彼女が可愛らしくて、俺は思わずふは、と笑ってしまった。
手を伸ばしてポンと彼女の頭に掌を乗せる。
「気に入った?」
緩やかにその柔らかな髪を撫でれば、彼女は気持ち良さそうに目を細めながらこくりと小さく頷いた。
あぁ、この顔だ。
俺だけしか見ることのない、安堵と幸福に満ちたようなその表情に、俺は心を奪われ続ける。
喜んでくれて良かった。
俺は再び彼女を胸の中に閉じ込めた。
ブレスレットを贈ることには意味がある。
それはネックレスは首輪、指輪は他の者を寄せ付けない独占欲と似た意味。
腕を戒めるもの、手錠だ。
幸いなことに彼女はその意味を知らないらしい。
俺も今後、何があったとしても決して彼女には言うつもりはない。
余裕のある年上彼氏を演じている俺が、そんな子どもじみた束縛をしているなんて知られたくないから。
**
いつもは皆のお兄さん。
大人の余裕と頼り甲斐があって。
そんな彼が、実は好きな女の子には嫉妬深い。ホワイトデーをテーマに書かせていただきました。
お読みいただきありがとうございました。
Annie
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作者名:*ゆ う* x他3人 | 作者ホームページ:
作成日時:2021年3月14日 6時