(Fischer'sのお話) (ページ7)

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(マ)お隣さん！② ページ7

ここで嘔吐した時のことを考える。片付けるのは誰か。そう、俺だ。

「うっ……、」
「頼む、堪えてくれ。」

腕を引き、俺の部屋に誘導する。その間ずっと「吐く、」と呟いていたその人をトイレに押し込んで、ため息一つ。
なぜ俺が見ず知らずの女性の介抱などしなければならないのか、考えるだけ、頭痛に襲われる。

しばらくしてトイレから出てきたその人は、先程よりも顔色も良く、どうやら落ち着いたようだ。用意していた水を差し出すと「…ありがとう。」と弱々しく礼を言われた。
そこで初めて、その人の顔をはっきりと見ることができた。歳は、俺よりも上だろう。凛とした顔立ちの女性だった。

「…落ち着いたようですね。」
「う、はい。とんだご迷惑を……。お隣さん、だよね。」
「お隣さんです。玄関先で吐かれたらどうしようかと思いました。」
「こんなに飲むつもりなかったんだけど…、失恋って怖いね。」

そう言ってその人はソファーに横になった。まさかここで寝るつもりなのか。酔いも覚めてきたと思ったが、どうやらそうでもないらしい。

「ここ、俺の部屋だって分かってます？」
「だって眠い、」
「…酔うと図々しくなるって言われませんか。」
「なんか、お隣さんの匂い、安心する…。」

俺の匂い？
思わず服の匂いを嗅ぐが、よく分からない。その８年付き合ったという男の匂いにでも似ているのだろうか。まあ別に、そんなことはどうでもいい。

「お姉さん、名前は。」
「人に名前を聞くときは………、」
「知らん奴の部屋で寝ようとしてるくせに、よくそんなこと言えますね…。マサイです、俺の名前。はい、お姉さんは？」
「…A。」

もぞ、とAさんがソファーの上で体勢を崩す。膝丈のスカートを履いているため、脚が露になる。見えそうで見えない。男心を擽られそうではあるが、初対面の相手をどうこうするほど、飢えてはいない。
掛け布団、持ってくるか。
Aさんはここで寝る気のようだし、仕方なかったとはいえ、ここに連れてきたのは紛れもなくこの俺で。
無言で立ち上がり、寝室に足を向ける。足を踏み出したところで、声が掛かる。

「………行かないで。さみしい、」

振り返ると、Aさんが躊躇いがちに手を伸ばしてきていた。再び涙を宿し始めた瞳が、俺に向けられる。

「…俺は元彼じゃないっすよ、」
「……しってる。」

分かっていてやってんのか、
頭を手で抑える。
そして、躊躇いがちに伸ばされた手を掴んだ。

«つづく»