内海成彰と新世界 ページ8
「熱心ですね内海さん」
都内の町工場。同僚の内海は何やら真剣な顔で鉄の棒を眺めていた。
「Aさん！見て下さい…これ。これこそ難波が世に出すべき商品だと思うんです…！」
職人らしい眼差しが一転、興奮気味に目を輝かせる内海はただ頑丈な鉄の棒をAの眼前に差し出した。
コレがどう世に需要を見出すのか分かりかねたが、顔に煤を付けて拭おうともしない内海に正直な気持ちで批評をするのは気が引けた。
「…えっと。汎用性が高そうで良いと思います」
我ながら巧みな誤魔化し方だ。
証拠に、内海は更に口角を上げて「そうでしょう…！」と笑った。
「ずっと思ってたんですが…内海さんは杖に思い入れでもあるんですか？」
「杖に？」
「似たような商品を試作してますよね…ずっと」
「…あぁ…。思い入れというか旧世界の名残です。」
Aは違和感に顔を顰めた。この職に就いてからかなりの年月が経つが、彼女にとって“冗談を言う内海”は珍しすぎた。
「なるほど」
冗談に冗談で返すようになんの気なくそう言った。
…いや、どこかで本気にしている自分がそう言わせたのかもしれない。
意味はどちらにせよ、この発言を聞いた内海は目を皿のようにしてAを見た。
「内海さん？」
「Aさん、記憶があるんですか…？」
「え？……ふふっ」
いつにも増して子供じみた内海がどこか愛おしくて、可笑しくて笑った。一見疑り深そうな彼はAが冗談で言った「なるほど」を真に受けていた。
「…一応真剣なんですが」
「すみません…、あははっ」
内海は眼鏡を押し上げて眉間に皺を寄せた。換気窓から入った日光でレンズが光ると、いよいよ機嫌を損ねたと分かった。
「あ、あの…すみません。珍しかったんです内海さんが冗談言うの」
「冗談？」
「真面目な貴方の口から“旧世界”なんて出てきたら誰だってビックリしますよ」
「…じゃあ貴女が旧世界の記憶を思い出した訳じゃないんですね」
「え、本気だったんですかそれ」
「……冗談ですよ」
話はここまでと言うように息をついて、内海は仕事に戻ろうとした。
Aは内海の背に向かって声を張る。
「今日の内海さん、変ですね」
内海は見向きもしないで作業に取り掛かった。Aはしばらく返事を待ったが、諦めて自分の仕事に戻った。
「…貴女が妙な事を言うからだ」
愚痴のように零したそれは、工場の騒音でAには聞こえなかった。
「思い出して欲しくない。と言ったら…嘘になりますけどね。…AAさん」
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作者名：ヤスさん | 作成日時：2022年6月13日 16時
