【太宰治】一腕一足の少女 (ページ31)

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兎と虎ページ31

探偵社へ戻り早急に医務室へ向かうと、一同の視線が此方へ注がれた。

その中には、私が"見た"少女の姿もあった。

「戻りました。」

「丁度良い、この子も今目覚めた所だよ。」

寝台に横たわる彼女ーー「泉鏡花」は天井を見詰めている。

表情の変わらないその容姿に、酷く既視感を覚えた。

人形のような無機質さはこの場の人達は意に介していない。

「…大丈夫？

ええと…此処は探偵社の医務室。

具合どう？」

「………」

「娘、黒幕の名を吐け。

マフィアの部隊は蛇と同じだ。頭を潰さん限り進み続ける。

答えろ、お前の"上"は誰だ。」

「く、国木田さん！」

聞き立てる国木田さんを敦さんは抑えたかった様だが、今回ばかりは味方出来ない。

彼女がそうされるのにも理由がある。

助けを乞う彼の視線に私は交えるだけで、是とも非とも首を振らない。

「…橘堂の湯豆腐。

おいしい。」

「食わせろと云う事か？」

「食べたら話す。」

「なあんだ、良いよその位。」

橘堂が如何な店であるかを存じていない敦さんは、軽々とその要求を鵜呑みしてしまった。

驚愕する国木田さんの表情を見て尚、彼は分かっていないようだった。

いざ橘堂に着いてみれば、メニューを手に青ざめる彼の姿があった。

「おかわり」と次々に豆腐を食べていく彼女に、敦さんは国木田さんへ縋るが、この件に関して彼女への支出を国木田さんが補填することは先ずない。

「…敦さん。」

「はい……。」

「此れに懲りたら、如何を把握せず軽率に承諾する事は控えましょう。」

「はい………。」

豆腐を一頻り食べたらしい彼女が箸を置くと、漸く本題にかかることが出来た。

「それで？」

「両親が死んで孤児になった私を、マフィアが拾った。私の異能を目当てに。

『夜叉白雪』はこの電話からの声にだけ従う。だからマフィアはーー」

「それを利用して暗殺者に仕立てた、か。」

「じゃあ携帯を捨てれば…」

「逆らえば殺される。

それに、マフィアを抜けても行く処がない。」

「電話でその夜叉を操っていたのは誰だ。」

「…芥川と言う男。」

私は彼女の話を片耳に、お茶を啜りながら遠い日を思い出していた。

誰に向けた訳でもなく、誰にも向けた鋭い眼光。

地の底を這う何かを憎しむ執念が、脳裏に浮かんでいた。

話を聞く限り元気にやっているのだろう。