第53話 ページ5
「なにも、出来なかった……！」
悔しそうに項垂れる彼に、そんなことないと声を掛ける。
君にとっては慰めにならないかもしれないけれど。
その身に傷を負ったオールマイトは、私の後から温かい言葉を乗せた。
「あの数秒がなければ、私はやられていた。……また、助けられちゃったな」
平和の象徴は、この世界の誰よりも、優しく少年に笑いかけた。
緑谷くんは嬉しそうに涙を流し、降り注ぐ光は私達を悪夢から覚ましてくれるようだった。
「……むむ、待てよ、工藤少女がいる……？」
『あっはい。いますけど』
「………っな!? えっ、ちょ、まっ」
急に慌てだしたオールマイトを見ると、その姿はさっきよりも痩せこけて………え？
ホロホロ泣いていた緑谷くんも飛び上がるように驚いており、慌てた彼らに首を傾げる。
「そうだAちゃん!? どどどうしようあああ秘密が」
『……いや、何をそんなに慌ててるんですか。お二人さん』
「えっ!? いやそのぉ……って切島くん!? ま、待っ」
顔を青ざめながらしどろもどろしている彼の様子を訝しく見ていると、突如現れた壁によって私と彼らは隔たれた。
見ると、プロヒーローらしき人がコンクリの壁を精製したらしい。
「生徒の安否を確認したいから、ゲート前に集まってくれ。怪我人の方はこちらで対処するよ。そこの君も」
「ラジャっす！ 行こうぜ工藤」
私と切島くんは指示されてその場を後にする。
変な様子の緑谷くんが気になったが、今は考えても仕方ない。
広場にいた残りの私たちは、今日起きたことを各々話していた。
頭の中には、まだあの不気味な男がいる。
確か、“シガラキトムラ”と呼ばれていた。
あの赤い瞳が、あの手に触れられた瞬間が、忘れられない。
死を直感したのは初めてだった。
己の首をさすってみると、ヒリヒリとした痛みが残っていた。
「首、どうかしたのか？」
隣の切島くんは私の顔を覗き込むようにして聞いてきた。
「赤くなってるけど、大丈夫か!?」
『……いや、なんともない。みんな無事でよかったね。かっちゃんがやられそうになった時はヒヤヒヤしたよ』
「誰がやられそうになっただ!!」
平常の声が飛んできて少し安堵した。
誰も今回のことがトラウマにならないといいのだが。
ふと、切島くんが尋ねる。
「工藤それ、相澤先生のやつじゃ……」
『……あぁ、血が、ついちゃうね』
首にかけたゴーグルから、血の匂いが色濃く鼻突き刺す。
構わない、とそれを強く握りしめた。
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作者名：ペトリコール | 作成日時：2018年9月5日 12時
