第86話 ページ38
「誰に付き合わされたと思ってんだ」
『はい私のせいですね』
小馬鹿にしたような笑いが隣から飛んでくる。
左腕にした時計の細い針は57を指していた。
まだスタジアムまでは遠い。
『間に合わないか……っ仕方ない、風力5！』
「……!? なっ……」
私は“個性”を発動させ、追い風を起こす。
並走している心操くんの足が縺れるが、堪えて体勢を元に戻していた。
少し間を置いて、驚いた声色で彼は尋ねてきた。
「お前まさか、“個性”２つ持ちかよ!?」
『２つで悪かったな……!!』
「ハァ……？」
彼は意味がわからないと言いたげに眉を顰めた。
捻くれ者の私には、今の言葉も嫌味にしか聞き取れないのだ。
所詮私には、宝の持ち腐れでしかない。
隣からはわざとらしい溜息が聞こえる。
「羨ましいなぁ」
『そんないいもんでもないよ……って、おい！ 遅れる！』
「こっちは無理矢理押されてんだ！」
心操くんが上手く風に乗れていない。
初心者には難しかったらしい。
『…………あぁもうほら！ 急ぐよ！』
「おいっ！ はや……、！」
私は後ろ手に彼の手を掴んで引いた。
誰かと手を繋ぐなど久方ぶりで、気恥ずかしさは風を強めることで誤魔化した。
豪風を背に背負い、更に走力を上げた。
・
スタジアム内、アリーナ前にある入場口近くでは賑わう場内の声がすぐ側で聞こえていた。
『はぁ……着いた……。いってらっしゃい……』
全速力で“個性”を使いながら走ったため、私は息が乱れていた。
先に私よりも呼吸が落ち着いた心操くんは、場内の方を一瞥した後、私にこう言った。
「アンタ、いいのかよ」
『……は？』
「ヒーロー科のアンタが……強い“個性”があるお前が、自分のアピールができる格好の場で何もしなくて」
『……まぁどんな結果であれ、それが実力ってことだよ』
言葉の後、彼は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「っお前は、」
『時間ないから。じゃあね、行ってきなよ』
彼の言葉を遮るように、私はその場から足早に立ち去った。
____お前は行けるのに。
『………狡いよなぁ』
小さく、小さく独り言を落とした。
スタジアムからは活気盛んな声が外にまで漏れている。
私は試合を見ようと上の観覧席へと向かった。
_____向かおうとした。
『……はい？』
「どこ行くんだよ」
その手を、引き止められた。
少し怒ったような心操くんがいた。
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作者名：ペトリコール | 作成日時：2018年9月5日 12時
