第85話 ページ37
『安心して。私みたいな能無しよりかは立派なヒーローになれるよ』
なんの根拠もないのに、私はグッドサインを出して威勢よく言った。
見ると、紫頭くんの表情が面食らったようになっている。さっきから面白い顔をするなぁ。
『って、はは……これは、自分がいかにダメダメなのか思い知らされるわ』
にへらと笑ってみせようも、彼は無言のままだった。
『ヒーロー科のくせにね。情けないよ』
自分で言葉にすると、さすがに苦しいものがある。
せっかく少しだけ頑張ってみようと思ったのに。
結局のところ私は、彼等のようには進めない人種なのだ。
「ヒーロー科の奴がそんな事言っていいのかよ」
『ははは〜、だよね〜』
「お前の方が俺よりよっぽど近い所にいるのに、そんな弱腰で、予選も落ちて」
『………』
ここでそれを掘り返すか。
いや、事実なんだけど、せめてオブラートには包んでほしかった。
「でもお前は、ヒーローになるんだろうよ」
『……？』
「さっきの子供と話してるアンタ見たら、そう思ったんだよ。……俺には、あんな優しい顔はできない」
降参したように彼は片手を首の後ろにやると、ぎこちなく笑った。
彼が歯を見せて笑う顔を、初めて見た。
『……紫頭くんは、』
「名前、心操人使。なんだよ紫頭って」
『えっ、あ、そうか。名前、聞いてなかったね……』
そう。今の今まで、私は目の前の彼を仮名で呼んでいたのだ。
今更ながら少し気恥ずかしさを覚えた。
「お前、変な奴だな」
『失礼な……』
「俺に真正面からヒーローになれるって言った変な奴は、お前が初めてだよ」
『そう、ですか……』
隣で押し殺すように笑い声が生まれる。
腑に落ちない所もあったが、その様子を見て私も自然と頬が緩んだ。
普通に笑えるんじゃん。
そう言ったら、流石に怒るだろうか。
言わぬが花、やめておこう。
「あ、午後の部」
思い出したように心操くんは突然口にした。
『……今、12時56分』
「俺、決勝出るんだけど」
『ちょっとそれやばいじゃん』
午後の部は13時から。
つまりあと4分。決勝に出るなら遅れるわけにはいかない。
ここはスタジアムからさほど遠くないが、歩いて5分くらいの距離の場所。
走っても間に合うかギリギリだ。
自然と、私達は並んで走っていた。
「はっ、これ間に合わないかもな」
『ファイナリストが遅れて来るとか、笑い者にされても知らないぞ！』
なにが可笑しいのか、隣で彼は余裕ありげに笑っていた。
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作者名：ペトリコール | 作成日時：2018年9月5日 12時
