第二十九章 徒花 壱 ページ40
一応大事をとって、治はあと一日容態を見るために入院する事となった。すぐ退院出来ない事を彼は心底悔しがっていたが、私と森さんが二人で宥めてやっと承諾してくれた。
帰りのバスの中、森さんは「よかったねえ、治君。どこも後遺症は残らないようだよ」と云っていた。
けれど、私が彼の口から聞きたいのはそんな事じゃなかった。
「森さんは…聞かないんですか」
「聞く?何をだい?」
「どうして…治の目が覚めたのか」
森さんは苦笑のような笑顔を見せた。どうやって笑えばいいのか判らない。そんな笑い方だった。
「君だって治君が早く目覚めないかとあれほど待ち望んでいたじゃないか。それでいいのではないのかね?」
「…なんだか、はぐらかされているみたいだ」
私の口の門を突き破って出た言葉に対し、彼は特に触れなかった。けれど、彼のその反応が何よりも正しかった事に、私は後で気が付いた。
_自分の事も碌に知らないのに、真面な答えが出せるわけがない。
つくづく山本先生が恨めしい。そして彼が云っていた、私に会いたがっている人物に対しても、そう思った。
進級試験を受けたところで、私の事が判るわけじゃないのに_。
やきもきしている内に、バスは森邸の前に止まった。運賃を支払う森さんより先に下車した私は、門の前で異変があった事に逸早く気が付いた。
三人分の人影が、あった。
別にこの邸宅に訪客がある事自体は珍しい事ではない。MMFの社員が訪ねて来る事もあるのだから。けれど、バスのライトに照らされる三人の顔は見知った同僚の顔のどれにも当てはまらない。あれは_
「副校長?!織田先生も!」
私が駆け寄って来た事に気が付くと、二人は(残りの見知らぬ眼鏡の青年も)共に辞儀をした。一体全体、どうして彼らがここにいるのだろう。昨日の件で謝罪をしに来たのだろうか。それが一番あり得る。
「こんばんは、太宰さん。それに森さん」
副校長は迷いに迷った末、声を掛けたようにも見えた。その顔には作り笑いといった類のものが一切なく、彼女は意外と嘘が吐けない性分だと、その時に気が付いた。疲れ切ったような、罪悪感を滲ませた表情だった。
「こんばんは、林先生。…それにしても随分、錚々たる面々でお越しになられたものだ」
え?私の頭の中が疑問で溢れる事も許さないようなタイミングで、それまで後方に控えていた眼鏡の男性が「そちらのお嬢さんの話を拝聴したく参りました」と添えて、私の前に立った。
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サラ(プロフ) - しぇるふぃあ。さん» こんな細かい描写にも気づいて頂けるなんて物書き冥利につきます!消せませんよ、でもここでは説明し切れないので後日改めて説明させて頂きますね! (2018年12月13日 20時) (レス) id: 4e09bde857 (このIDを非表示/違反報告)
サラ(プロフ) - しぇるふぃあ。さん» お久しぶりです。しぇるふぃあ。さん、すごく読んで頂いているようなのでとても嬉しいです、ありがとうございます。 (2018年12月13日 20時) (レス) id: 4e09bde857 (このIDを非表示/違反報告)
しぇるふぃあ。 - ところで夢主ちゃんは前世が国語教師なのですよね?だったら41pに出てくる安吾さんの名前は知ってるはず…と違和感を覚えました(・・?) はっもしや伏線?ネタバレに触れるようでしたらこのコメントはそっ消ししてくださいm(_ _)m これからも陰ながら応援してます!! (2018年12月13日 19時) (レス) id: a3aac3bf63 (このIDを非表示/違反報告)
しぇるふぃあ。 - お久しぶりです!しばらく顔を出せなかった間にすごく進んでて一気読み不可避でした…あんまり好きポインツ語るとコメ欄ネタバレになるので控えますが仲直り本当に良かったです(ネタバレ) (2018年12月13日 19時) (レス) id: a3aac3bf63 (このIDを非表示/違反報告)
サラ(プロフ) - 紫苑さん» 応援ありがとうございます!頑張らせていただきます! (2018年12月2日 23時) (レス) id: 4e09bde857 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:サラ | 作成日時:2018年9月20日 12時