十七 ページ19
｢私、本当は料理がすごく好きという訳でもないんです｣
｢じゃあ、どうして･･･｣
無意識に口から言葉が出てきてしまい、
思わず口を抑える
謝必安さんは、こちらを見ることなく話を続けた
その横顔はどこか寂しそうに見えた
｢･･････無咎がね、食べることが好きなんです｣
｢･････････｣
その寂しそうな横顔で私は思い出した
今ここに居る謝必安さんと、
范無咎さんは決して会うことが出来ない、と
二人は、一つの体に二つの魂が入っている、
まさしく一心同体というやつなのだ
自分にとって、自分の命よりも大切な人が
すぐ近くに居るのに二度と会えないなんて･･･
それはとてもとても辛いことだろう
なんとなく、自分と"彼女"を
照らし合わせしまい、胸が痛くなる
｢私が料理にこだわるのは、
少しでも無咎と繋がりたいからなんです｣
｢繋がる･･･｣
気づけば、謝必安さんは生地を踏む足を止めていた
｢私達は、一心同体で会うことは叶いません｣
｢けれど、互いを想うことは出来ます｣
｢私は、無咎を想う気持ちを料理に込めているんです｣
｢なので、私の当番の時は、どうしても
無咎の好きな物になってしまうんですけどね｣
謝必安さんは、
生地の状態を確認しながら、優しく笑った
｢幸音さんは、どうですか？｣
優しく笑った謝必安さんが問いかける
｢･･････私、は｣
思い返してみれば、辛くなった時や悲しくなった時お母様達に隠れて"彼女"の好きな物を作っていた
私のことが"彼女"に届くわけではない
けれど、それでもどこかで同じ物を食べているかもしれないなんて思ってしまって
"彼女"の息災を願って、"彼女"と再会することを願って届くはずのない物を作り続けていた
｢私も、です｣
｢私も、
大切な人への想いを込めて料理を作っています｣
｢一緒ですね｣
生地の状態に納得がいったらしい謝必安さんが
踏んでいた生地を抱えた
｢そういえば、幸音さんはどうしてこちらに？
何か用でもあったのですか？｣
そう謝必安さんに聞かれ、
食料庫に来た理由を思い出した
｢あっ、洗剤の場所を聞きに来たんです｣
すっかり話すことに夢中になってしまった･･･
｢それでしたら、
右の棚の上から三番目の棚にありますよ｣
｢ありがとうございます｣
｢では、先に行きますね｣
生地を抱えたまま棚を指さした後、
謝必安さんは去っていった
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作者名：その辺の草 | 作成日時：2020年5月9日 1時
