-S- loving you. (ページ44)

今日:42 hit、昨日:10 hit、合計:702,126 hit

44. ページ44

7章白昼夢に彷徨う

＊＊＊

枕草子に心酔していた国語教師は、

秋冬は明け方が一番美しい、と言い張っていた

窓から差し込む光に目を細め、
体を包む温かい体温を背中に感じながら
ふと、そんなことを思い出していた

…こんな時に、どうして思い出すんだろう

毎日通った海沿いの通学路も

高台にある海を一望できる学校も

当たり前に過ごしてきた日々はここにはもうない

でもどんなに思い出したとしても

ここに、

私のそばに彼がいる限り
私はここにいるのだろう

今目の前にあるものがすべてで、そしてそれがとても大切なものだと思うから

もうあの日々には戻らない

戻りたくない

ただそれだけ

そっと身を捩って、彼の方に向き合う

起こさないように、と思っていたけれど、

「……ん…ぅ…A……？」

起こしちゃったみたい

『ごめんね、起こしちゃって…』

小声で言うと、
まだ寝ぼけたままだからか、うんとかうーんとか、くぐもった声で小さく返事がくる

寝ぼけていても、私をぎゅっとするのは忘れないらしい

「………もう…朝…？」

『うん、6時すぎ…』

「……じゃあもうちょっと寝る、、」

そう言いながら彼はまたすぐに寝てしまった

そっと腕を外して、ベッド下に散らばっている衣服を集めて着る

窓のところまで行き、少しだけ開ける
起きたばかりの体に染み込む冷たい風に身震いする

『さむ…』

台所まで行って、換気扇を付ける

ゴウ、と音がしてカタカタと回る
青い羽は古びていて、もう壊れそう

壊れたらと思い、換気扇を止めた

そして、テーブルに置きっぱなしになっていた
彼が買い込んできたものをひとつずつ、戸棚にしまっていく

すると、袋の中に見覚えのあるものが入っていた

『あ…』

それは、あのレモンの飴だった

.