僕と君と僕らの物語【短編集】 (ページ5)

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『あ、A～！』

正直乗り気じゃないまま迎えた飲み会の夜。少しだけ仕事が長引いてしまって、日菜子から『先入ってるよ！』とメッセージが入っていた。急ぎめで行くとすでに3人揃っていて申し訳なくなった。

『渡辺、この子Aね』

｢あ、えと、こんばんは…｣

翔｢こんばんは、？｣

『こんばんはって、何それ(笑)』

最初こそ気まずかったものの、お酒の力と日菜子と山本のコミュ力のおかげで徐々に打ち解けてきた。話題は中学時代の話。テニス部だった山本は今でも部活仲間と飲みに行くらしく、情報をたくさん持ってた。あいつはスペインに住んでるとか、あいつとあいつは結婚して子供出来たとか。

無意識のうちにお酒が進んで顔の火照りを感じてきた。日菜子もそれに気づいたようで、大丈夫？と小さく声をかけてくれた。

｢ん、大丈夫！ちょっと飲みすぎたかも。お手洗い行ってくるね～｣

よかった、思ってたより楽しい。渡辺くんとも、2人だけで言葉を交わすことはなくても自然と顔を合わせて話せてるし。懐かしい話もできて、こういう会もたまには悪くないかも。

お手洗いを終えたあとも顔の火照りと少しぼーっとする感覚が残ってたので、席に戻るのとは逆の方向に進み、店の扉を開けた。

涼しい風が開いた扉の隙間からするりとなだれこむ。熱をもった体にはちょうどいい温度だ。暗くなった空にいろんな色した飲食店のライトがよく映えていた。

店の前に並んだコンクリートブロックに腰をかけてしばらく夜の風景を眺めていると、店の扉が開く音がした。邪魔にならないよう少し端に寄ると、上から声が降ってきた。

翔｢大丈夫、？｣

｢ぁ、｣

見上げるとさっき斜向かいから見ていた顔。意外と口を開けて豪快に笑う人なんだと思った彼。

｢大丈夫だよ。少し涼もうと思って。｣

翔｢…俺もちょっと飲みすぎたかも｣

彼も座れるようにまた横にずれてみると、それに気づいたようで私の隣に腰掛けた。

何を話すわけでもなく、静寂が訪れ、ただ二人の間を抜けていく涼しい風を感じる。ふと目線をあげると暗い空には細い三日月が浮かび、雲が流れている。雲の流れを追っていると、隣の彼が私をちらりと見たのが視界の端に映った。そして私の視線につられるように彼も空を見上げる。

いい大人の男女が居酒屋の前に座り込んで黙って空を見上げているなんて、傍から見たらおかしな光景だろうけど、不思議と心地のいい時間だった。