僕と君と僕らの物語【短編集】 (ページ22)

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美味しい匂いとぬくもり * Koji.M ページ22

新居から近いという単純な理由で通うようになったカウンタータイプの小さな居酒屋。
この場所で、俺は少し気になる人がいる。

コの字型のカウンターの一番奥の壁際の席に座る俺と、おでんが煮える鍋がよく見える角の席に座るあの人。

彼女は俺よりずっと前からここに通っているらしい。初めて来た時も彼女はいて、楽しそうに大将と話をしていた。
ご飯は美味しいし、大将も気前がよくたくさんサービスしてくれて。慣れない東京で人の温かさに触れ、ちょっと泣きそうになったりした。

康｢こんばんは～｣

今日もまた店に訪れると、いつもはニコニコ上機嫌なあの人が、机に突っ伏してた。

ぴくりともしない彼女をチラチラ見ていると、大将が困ったように笑いながら俺にお冷とおしぼりを手渡した。

『Aちゃん、今日はずっとあの調子なんだよ。』

康｢そうなんすねぇ、｣

｢はぁ～～～～｣

しばらしくて、ため息と唸り声が混ざったような声が聞こえた。

｢大将、ビールぅ｣

『もうやめときな』

｢だって、あんなこといわれてさあ、｣

｢わたしだって、がんばってるのに、仕事してるこっちの身にもなれよって、わたしだって仕事してるもん｣

どうやら彼氏の話みたいだ。愚痴をこぼしながらも目には水分が溜まってきて、彼氏のこと好きなんやなって思った。好きな人に認めてもらえない悲しさと悔しさが滲んでいる。

｢…倦怠期ってやつかなあ｣

『長いこと付き合ってるもんなぁ？』

｢うん… もう気づけば4年よ｣

『そんなになるか』

｢…おとこのひとってさ、結婚したいっておもわないのかな？4年も一緒にいてそういう気配すこーしもないの、おかしくない？｣

『どうだろうなぁ… 兄ちゃんはどう思うよ？』

康｢…お、俺っすか、？｣

『おれがいうよりよっぽど参考になるだろ～。結婚とか考えたことねえのか？』

康｢いやぁ、そういう相手にまだ出会ってないんで…｣

2人は俺の仕事のことは知らない。実際、プライベートでそんな余裕があったことはないから、決して嘘じゃない。

『そうかぁ』

｢やっぱ女より結婚に思い入れとかないんだよ。こっちばっかいろいろ考えてさあ｣

『長く付き合ってりゃちょっとくらい考えそうなもんだけどな？』

｢…まあ、不毛な付き合いとかしなさそうだけどさ、｣

康｢なんも思ってない人と4年も一緒にいないっすよ｣

｢そうかなぁ… ｣

彼女はまた机におでこを押し付けてため息をついた。