第八巻 ページ9
――見えない。
未来が、見えない。
その言葉を胸の内で反芻し、紫月は沈黙する。
離された手を見つめれば、薬売りが口を開く。
「……あまり、気にしない方が良い。占いは当たるも八卦、当たらぬも八卦。そもそもの話、浅葱の占い自体、胡散臭い」
「胡散臭いとは心外な。だが……すまない」
黙する紫月に薬売りと浅葱がそう言うが、次の瞬間、異なる色の瞳が揃って瞠目した。
「いいえ。……あながち、外れてはいないのかもしれません」
そう呟く彼女の表情は穏やかで、失望や落胆と言った色はない。
ただ、その瞳に映る静けさが深い虚無を孕む。
「未来がどうなるにせよ、私は成すべきことを成します。それがどのような結末であれ、逃げるわけには参りません」
静かな口調で言い、紫月は何とも言えぬ顔をしている男たちを見る。
その眼差しは決して悲嘆に暮れているわけではないのに、何故か痛々しい。
「紫月さん……」
薬売りが何か言いかけた、その時。
「失礼しまーす」と、間の抜けた声で店の者が注文の品を持ってきた。
凍りついていた空気が微妙に弛緩し、紫月は気まずげに視線を逸らす浅葱を見た。
「浅葱様」
「……なんだ」
「お代は、これで」
そう言って差し出した銭に浅葱が目を丸くした。慌てたように首を横に振る。
「いや、これは俺が勝手にやったことで……金を貰うわけにはいかない」
「いいえ」
その言葉を紫月は否定する。
「私は芸人です。モノノ怪のためでもありますが、それ以前に三味線を弾き銭を稼ぐ身です。芸を披露し、報酬を得ることは当たり前のこと。貴方様は私を占い、ゆえに私は報酬を払う。おかしな点はございません」
淡々とした言葉に浅葱が目を見開き、そして、額を押さえた。
「まったく、しっかりしている……」
「お前より、余程自立している」
蕎麦を食べながら口を挟む薬売りを無視し、浅葱は銭を受け取った。
「ならば、有り難く。……詫びと言っちゃ何だが、もう一度占うかい? 今度はちゃんとした結果が出るかもしれない」
「いいえ」
浅葱の提案に紫月は首を振る。
「良くない結果が出たからと言って、それを無視しようとは思いません。私は貴方様の占いを信じます」
その刹那、浅葱の瞳に一瞬、戸惑いにも似た色がよぎった。
しかし、それは瞬く間に消え、彼は苦笑を漏らす。
「なるほど。……兄者が気に入るわけだ」
そう呟き、くすくすと笑う浅葱は至極、嬉しげだった。
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作者名:赤青ほととぎす/瑪瑙 x他1人 | 作者ホームページ:http
作成日時:2018年11月27日 22時