第四巻 ページ5
顔を上げれば、瓜二つの顔が並んでいる。
紫月の前には浅葱と名乗る薬売りの弟。その隣に薬売り。
しばし考えた後、紫月は意を決して口を開いた。
「あの……浅葱、様?」
「ん?」
箸を置き、どこか切羽詰まった表情を浮かべる紫月に浅葱が不思議そうな顔をする。
気付かぬ振りも知らぬ振りもできた。
だが、この疑問を看過してはいけないような気がした。
「失礼ながら……私と貴方様は、初めてお会いするのでは?」
「……紫月さん?」
薬売りが首を傾げ、浅葱が怪訝な顔をする。
向けられる対の瞳に狼狽えそうになりつつ、紫月は浅葱を見つめた。
「私は貴方様のことを存じません。……貴方様は、どなたですか」
これまで薬売りと旅をしてきたが、『浅葱』という男のことなど知らない。
薬売りの弟なのは本当だろうが、突然現れた彼を当たり前のように薬売りが受け入れていることに強い違和感を覚える。
自分だけが取り残されているような気がする。あるいは夢でも見ているのか。
沈黙が落ちた。周囲の喧騒が遠く、この場所だけ時が止まっているような。
その時、浅葱が動いた。身を乗り出し、紫月の額に手を当てる。
「――熱は、ないようだが」
真面目な顔で言われ、唖然とした。
「旅の疲れが出たのか……。兄者、彼女を休ませても?」
「そうだな……あとで、心を落ち着かせる薬でも……」
「ち、違います……っ」
気遣わしげな眼差しを向ける薬売りたちに紫月は慌てた。
すがるように薬売りを見るも、戸惑いの眼差しを返される。
怖じ気づきそうになりながら必死で言い募る。
「私は今日、浅葱様と初めてお会いしました。薬売り様もそうではありませんか……!」
昨日、否、今日の夕刻まで自分と薬売りの二人だったはず。
薬売りは考える素振りを見せたが、やはり不思議そうな顔で紫月を見た。
「……いえ。ずっと、一緒にいましたよ? 俺と、浅葱と、貴女の、三人で」
――そんなはずはない。
呆然とする紫月の手を取り、浅葱が笑う。
「きっと疲れが出たんだろう。なぁに、すぐに思い出しますよ。……なんなら、今から俺のことを教えてあげましょうか?」
「……浅葱」
「冗談冗談」
肩を震わせて笑う浅葱を見つめ、紫月は途方に暮れた。
握られる手のぬくもりは、確かに現実のもの。
――何が、起こっているのだろう。
渋い顔の薬売りと楽しげな顔の浅葱に挟まれ、紫月は言葉を失った。
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作者名:赤青ほととぎす/瑪瑙 x他1人 | 作者ホームページ:http
作成日時:2018年11月27日 22時