華の百五十二 ページ6
夜風が冷気を孕んで頬を撫でる感触に目を細める。
こちらを見留めた見張りの兵士に軽く微笑みかけて、呆気に取られる視線を傍目に城壁から身を乗り出した。
至る場所に焚かれる篝火があるとは言え、見下ろす先は深淵の常闇。
深く暗く、身を浸した途端、絡みついて引きずり込まれそうだ。
いくら灯りで照らしたとて、夜の闇を晴らすことはできやしない。
それは、きっとこの世も同じこと。
光なんて数えるほどしかなくて、ひしめく闇の方が圧倒的に多いのだ。
頬杖をついて寄りかかりながら、Aは眉を歪める。
「……嫌な夜だこと」
妙に胸の奥がざわめき、何よりも信用の置ける己の直感がしきりに違和感を訴える。
野生本能とも呼べるそれは、これまで幾度となくAを危険や面倒事から救ってきた。
その本能に従うのならば、今すぐに荷物を抱えて逃げるのが得策だろう。
何を差し引いても危険が付きまとうこの旅は、考えようでは払う対価の方がはるかに高い。
だが、それを悟っていてもなお、Aは逃げようとは思わなかった。
「だって、面白そうだもの。仕方ないでしょ」
歌うように誰にとも知れない独り言を呟き、呆れたような笑みを浮かべる。
視線を巡らせれば、暗転した世界が周囲をぐるりと取り囲む。
空も地面もがっかりするような色合いだが、その中で揺らめく炎のなんと美しいこと。
――はて、その炎は燃え盛り闇を払うのか、それとも燃え尽き闇に呑まれるのか。
闇はどちらで光は正義か虚構か。
その行く先を見届けたいと思ってしまったがゆえに自分は今、この場所に立っている。
しばらく闇に沈む眼下を眺めていたAだったが、軍議の存在を思い出して現実に戻る。
旅芸人が軍議だなんて似合わなすぎて笑えるが、国で一、二を争う軍師の話はなかなかに面白い。
それに、行かねばファランギースの小言が飛んでくるし国一番の騎士の睨みも怖い。
ちゃっかり混ざってる楽士はおまけだ。
「――さぁて、行きますか」
独りごち、彼女はさも当たり前のように城壁の上へ飛び上がった。
壁の窪みから下を覗き込めば、最早地面がどこにあるのかもわからない。
常人であれば恐怖で身がすくむ。
だが幸か不幸か、彼女はそのくくりの外にいる。
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瑪瑙(プロフ) - CHIHOさん» ご感想ありがとうございます！諸事情でほとんど更新できていませんが、そのうち再開する予定ですので、しばしお待ちください…！頑張ります！ (2019年8月18日 19時) (
レス) id: 2ce5584cfa (このIDを非表示/違反報告)
CHIHO(プロフ) - とても面白いです！！この話の続きが気になるなります！待ってます！ (2019年8月13日 11時) (レス) id: 6e1910104e (このIDを非表示/違反報告)
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