四十三ノ幕 ページ45
「私には耐えられなかったのです。自分が死んだことも、蛇神に願い里を沈めてしまったことも、人ではなくなってしまったことも、何もかもが……。
だから、『神隠し』という物語を自分で作り上げ、それを信じ込もうとしたのです」
すべて、真実から目を背けるための独り善がりな一人芝居だった。
犯した禁忌と罪から逃げ、都合のいい幻想に自ら囚われ、それに甘んじた。
逃げられぬことは自分が一番よくわかっていたのに、逃げて逃げて逃げ続けて、結局――このザマだ。
甲高い音を立て、薬売りの持つ退魔の剣が鳴った。
その音に目を閉ざし、紫月はとつとつと懺悔を吐き出す。
「……私を生に執着させたのは、憎しみでした。父と母を死に追いやり、私に殺意を向けた里人に対する憎悪――死の間際に吐いた呪詛が水底の蛇神を呼び起こし、その言に惑わされ、モノノ怪と成り果てて……生まれ育った里を里人もろとも、滅ぼした」
カンッ、と退魔の剣が鳴る。
紫月が目を開き、仰ぐように顔を上げた。
その面は穏やかで、悲痛に染まりながらも不思議なほどに凪いでいた。
「あれからもう、何十年経ったのでしょう……それすら思い出せないほど、私は長い間、さまよっていたのですね……道理で、モノノ怪を引き寄せたはずだわ……」
くっ、と顔を歪め、切なげに目を細める彼女に薬売りが口を開く。
「……貴女はモノノ怪だが、モノノ怪ではない。貴女を喰らった蛇神は、アヤカシと呼ぶには、神に近すぎる……」
薬売りが彼女をすぐに斬らなかった理由の一端は、そこにある。
アヤカシが人の激しい情念と結びつき、モノノ怪となる。
蛇神はアヤカシに近くとも、曲がりなりにも神である。
永きに渡って捧げられた生贄の血と嘆きと怨嗟によって穢れ、神と呼ぶには邪に染むモノと成り果て、限りなくアヤカシに近くとも、それでも本質は水の神なのだ。
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瑪瑙(プロフ) - ちびレトさん» ありがとうございます!物語もそろそろ佳境、楽しんで頂けたら幸いです(^^) 頑張ります! (2018年11月9日 21時) (レス) id: 2ce5584cfa (このIDを非表示/違反報告)
ちびレト - 更新待ってましたー!ヽ(*´∀`)いつも楽しくドキドキしながら読んでます♪♪ (2018年11月9日 18時) (レス) id: 4dbeda4f8f (このIDを非表示/違反報告)
瑪瑙(プロフ) - 栞さん» ありがとうございます!彼女自身、いろいろと感情が揺さぶられているようです…。今後もよろしくお願いします! (2018年10月10日 23時) (レス) id: 4aa70732e7 (このIDを非表示/違反報告)
栞(プロフ) - うわぁ...紫月さん可愛ええ...。いつも楽しく見てます… (2018年10月10日 22時) (レス) id: cbb68f3624 (このIDを非表示/違反報告)
瑪瑙(プロフ) - みづなさん» ありがとうございます!そう言って頂けると嬉しいです(^^) 亀更新ですが、これからもよろしくお願いします! (2018年9月12日 21時) (レス) id: 4aa70732e7 (このIDを非表示/違反報告)
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