四十一ノ幕 ページ43
「強いて言えば――初めて貴女に出逢った、あの時に」
「では……」
「……しかし、確信ではなかった」
どこか遠くを見る目をする薬売りの言葉に、紫月は緩く首を振る。
「それでも、貴方様は気付いておられたのですね。私が、人でないことを。……なにゆえ、お傍に置いてくださったのですか?」
「モノノ怪であろうがなかろうが、人ではない貴女を、放っておくわけにはいかなかった。モノノ怪は、斬らねばならない。……しかし、貴女がモノノ怪と知っても、迷った」
「……なにゆえに?」
薬売りが口を閉ざす。
黙ってこちらを見下ろす瞳から目を逸らし、紫月は己の両手を見つめた。
傷だらけのその手を握り、結ぶ。
「――供物として川に落とされた私は、本来ならばあの時、死ぬはずでした」
流れの早い濁流。背中で縛られた腕。貫かれた胸の深い傷。
どんなに運が良かったとしても、助かるはずなどなかった。
それなのに、気付いた時にはすべてが終わっていた。
「水に呑まれ、流され、もがこうにももがけぬ苦しみの中、水底にいた蛇神は私に囁きました。
『助かりたいのならば望め。憎むのならば願え』――と。
……だから、私は望んでしまった。それがどれほど恐ろしいことかも知らずに、蛇神に願ってしまった――」
――魂川には、川の神たる蛇神が棲まう。
神の存在を信じようが信じまいが、川は絶えず氾濫を繰り返し、人の命を奪う。
そこにある真実が何であれ、人々は生贄を捧げ続けたであろう。
されど、それは神であり、神ではないモノ。
人が触れてはならぬ、水底の禁忌。
……だが、気付いた時には遅かった。
「河原で息を吹き返した私が見たのは、水に沈んだ里でした。すべてが水と泥に沈み、私と母を殺した里長が、男たちが、里人が、その中にぷかりぷかりと、まるで藻のように浮かんでおりました……」
目を疑うような光景だった。何が起きたかわからなかった。
ただひとつ言うなれば、広がる光景は地獄絵図。
濁流が里を押し流し、人を呑み込み、水と泥の瓦礫へと変えた。
呆然とする紫月の耳元で、"何か"がひそりと囁いた。
――汝の願いを叶えたり。
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瑪瑙(プロフ) - ちびレトさん» ありがとうございます!物語もそろそろ佳境、楽しんで頂けたら幸いです(^^) 頑張ります! (2018年11月9日 21時) (レス) id: 2ce5584cfa (このIDを非表示/違反報告)
ちびレト - 更新待ってましたー!ヽ(*´∀`)いつも楽しくドキドキしながら読んでます♪♪ (2018年11月9日 18時) (レス) id: 4dbeda4f8f (このIDを非表示/違反報告)
瑪瑙(プロフ) - 栞さん» ありがとうございます!彼女自身、いろいろと感情が揺さぶられているようです…。今後もよろしくお願いします! (2018年10月10日 23時) (レス) id: 4aa70732e7 (このIDを非表示/違反報告)
栞(プロフ) - うわぁ...紫月さん可愛ええ...。いつも楽しく見てます… (2018年10月10日 22時) (レス) id: cbb68f3624 (このIDを非表示/違反報告)
瑪瑙(プロフ) - みづなさん» ありがとうございます!そう言って頂けると嬉しいです(^^) 亀更新ですが、これからもよろしくお願いします! (2018年9月12日 21時) (レス) id: 4aa70732e7 (このIDを非表示/違反報告)
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