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三十六ノ幕 ページ38

――脳裏におびただしい数の情景が瞬いては消えてゆく。



覚えのない記憶や景色、人や声。



それらは真っ白に染まった意識の中に雪崩れ込み、強い明滅を繰り返す。



朦朧とする意識の中を漂いながら、ゆっくりと目の前にある景色に手を伸ばす。




……それは、どこかで目にしたことがあるような、悲しく憐れな昔語り。









――"彼女"が引きずり出されたのは、燃え盛る篝火に照らされた魂川の河原だった。



闇夜に赤々と燃え立つ篝火は、ごうごうと流れる魂川の水面の黒さを照らし出し、その前に掘られた穴の闇を際立たせる。



周囲に遮るものは何もなく、〈川護りの儀〉を行うためだけに整えられたその場所は、今や殺伐とした緊迫感と得体の知れぬ高揚感を孕んでいた。



男たちによって拘束された"彼女"は、無造作に地面の上に投げ出される。



痛みに呻いて顔を上げ、先に連れて行かれた母が穴の前にいるのを見つけた。



両腕を同じように背中で縛られ、穴の淵に膝を着かされた母は"彼女"の姿を目にした途端、長い黒髪を振り乱して叫ぶ。



「やめて……っ、その子に手を出さないで! 贄にはわたくしがなります! だから、お願いですから、その子に手を出さないで……!!」



里の男たちに取り押さえられる母の言葉に、周囲から嘲りに満ちた笑い声が上がる。



「おかしなことを。川神様への捧げ物は、昔からずぅっと二人と決まっておるに」


「どうせ悲しむ者もおるまい。せめて最期くらい、役に立って死ねば良い」


「あやつも不幸だの。こんな女に惑わされ、ころりと死んで。まったく、阿呆者め」


「これでようやっと、邪魔者がいなくなるわな。愉快愉快」






侮蔑。嘲笑。罵倒。愚弄。嫌悪。憎悪。




ありとあらゆる負の感情。




抜き身の刃よりもなお鋭利なそれらは、晒し者となった母子に突き刺さり、容赦なく心を殺いでゆく。



篝火が燃え盛る河原。



〈川護りの儀〉が行われるその場所には、儀を取り仕切る里長たちの他、里中の人間が集っていた。



今年の人柱と供物に選ばれた者たちを見るその目には、憐れみや同情よりも、好奇と愉悦の色が濃い。



誰一人、悲しむ者などいなかった。



誰もが流れ者たちの末路を嘲笑い、見世物とし、愉悦に浸る。







――あまりにおぞましい、醜悪な光景であった。

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瑪瑙(プロフ) - ちびレトさん» ありがとうございます!物語もそろそろ佳境、楽しんで頂けたら幸いです(^^) 頑張ります! (2018年11月9日 21時) (レス) id: 2ce5584cfa (このIDを非表示/違反報告)
ちびレト - 更新待ってましたー!ヽ(*´∀`)いつも楽しくドキドキしながら読んでます♪♪ (2018年11月9日 18時) (レス) id: 4dbeda4f8f (このIDを非表示/違反報告)
瑪瑙(プロフ) - 栞さん» ありがとうございます!彼女自身、いろいろと感情が揺さぶられているようです…。今後もよろしくお願いします! (2018年10月10日 23時) (レス) id: 4aa70732e7 (このIDを非表示/違反報告)
(プロフ) - うわぁ...紫月さん可愛ええ...。いつも楽しく見てます… (2018年10月10日 22時) (レス) id: cbb68f3624 (このIDを非表示/違反報告)
瑪瑙(プロフ) - みづなさん» ありがとうございます!そう言って頂けると嬉しいです(^^) 亀更新ですが、これからもよろしくお願いします! (2018年9月12日 21時) (レス) id: 4aa70732e7 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:瑪瑙 | 作者ホームページ:http  
作成日時:2018年8月19日 22時

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