三十五ノ幕 ページ37
ある時、その里には『流れ者』と呼ばれる女が住んでいた。
流れ者とは、里の外からやって来た者のことを指す。
流れ者は忌避される存在であったが、いつしか女は里の男と夫婦となり、山に近い場所にひっそりと住むようになった。
夫婦には子どもが生まれ、愛らしい娘に成長した。
その流れ者の女は三味線弾きであった。
都からこの地に流れ着き、忌避されながらも娯楽のない里で時折、三味線を弾き聞かせていた。
美しく教養もあった女の娘もまた、母に似て美しく、そして三味線の上手い娘へと成長した。
女は幸せであった。
周囲からは流れ者として扱われながらも、家族三人で静かな暮らしを営み、日々を懸命に生きていた。
……されど、その幸せは唐突に失われる。
ある年、流行った熱病を拗らせて、夫が死んだ。
それは薬さえあれば助かるほどの、軽い病のはずだった。
しかし、女を忌避する里人らが薬の譲渡を拒んだゆえに、助からなかった。
女は嘆き悲しみながらも、泣く娘に言い聞かせた。
――良いですか。怨んではなりません。憎んではなりません。わたくしはこの里にとって余所者。でもいずれ、きっと受け入れられる日が来ます。貴女も、わたくしも、きっと……。
誰よりも辛かったのは、己が流れ者であるがゆえに爪弾きにされ、愛する夫を死なせてしまった女の方であったろう。
それでも、女は耐えた。耐えるしかなかった。
里の人間であった夫を喪い、その庇護を失い、下手をすれば里から身一つで追い出される可能性があったゆえ。
自分一人であれば何とか生きられる。されど、そこに娘を巻き込むわけにはいかない。
細い細い糸よりもなお細い、針の筵のような平穏の上に成り立つ生活だとしても、残された二人はひっそりと里で生きるほかなかった。
だが、里の人間は流れ者とその娘の存在を許さなかった。
そうして、ある年の〈川護りの儀〉。
川神たる蛇神に捧ぐ『人柱』と『供物』に、女
と娘の二人が選ばれたのだ。
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瑪瑙(プロフ) - ちびレトさん» ありがとうございます!物語もそろそろ佳境、楽しんで頂けたら幸いです(^^) 頑張ります! (2018年11月9日 21時) (レス) id: 2ce5584cfa (このIDを非表示/違反報告)
ちびレト - 更新待ってましたー!ヽ(*´∀`)いつも楽しくドキドキしながら読んでます♪♪ (2018年11月9日 18時) (レス) id: 4dbeda4f8f (このIDを非表示/違反報告)
瑪瑙(プロフ) - 栞さん» ありがとうございます!彼女自身、いろいろと感情が揺さぶられているようです…。今後もよろしくお願いします! (2018年10月10日 23時) (レス) id: 4aa70732e7 (このIDを非表示/違反報告)
栞(プロフ) - うわぁ...紫月さん可愛ええ...。いつも楽しく見てます… (2018年10月10日 22時) (レス) id: cbb68f3624 (このIDを非表示/違反報告)
瑪瑙(プロフ) - みづなさん» ありがとうございます!そう言って頂けると嬉しいです(^^) 亀更新ですが、これからもよろしくお願いします! (2018年9月12日 21時) (レス) id: 4aa70732e7 (このIDを非表示/違反報告)
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