三十三ノ幕 ページ35
「ひっ……」
悲鳴が喉の奥で絡まった。
恐怖に濡れる眼差しが凍りつく。
その時、細い細い声が耳朶をかすめた。
――生き、たい……
今にも途切れそうな、細く弱々しい声。
――生きた、い……っ
されど、強く激しい感情を秘めた想い。
嗚呼、この声を知っている。この感情を知っている。
沈みゆく水の底で願った、たった一つの願い。
伸ばした手に絡みついた、激しい情念の炎。
それを自分は――知っている。
「蛇は、水の象徴。水の神は田の神であり、山の神。水を司るのは龍とされ、龍は蛇に似るという。そうして、水を司る蛇は蛇神とされ……蛇神は、神ともアヤカシとも、どちらにも成り変わる――紙一重」
淡々とした薬売りの声が静寂を揺るがす。
その意味を理解する間もなく、紫月を取り囲む天秤が涼やかな音を鳴らし、一斉に傾いた。
「モノノ怪の形を為すのは、人の因果と縁――」
彼女に向かって傾く天秤を見つめ、薬売りがひどく遠い声で呟くのが聞こえた。
聞き馴染んだその言葉を耳にしながら、どこか現実味のないまま、紫月は疑問に思う。
玲瓏とした声は、普段と何も変わらぬはずなのに。
なにゆえ、貴方はそのような目を、顔を、しているのだろう?
「神であり、アヤカシでもあるモノに魅入られたもの。死してなお、生を望みし者」
ちりん、と鈴の音が響く。
退魔の剣が小さく震える。
「その魂を喰らいし蛇神。――それが、形」
カンッ、と退魔の剣が鳴る。
その音が、声が、すべての音が遠く、朧の如く。
はたして現か虚無か。
それとも夢か幻か。
境目すら曖昧で、ひどく現実味の薄れたその中、瑠璃の瞳が翳りを帯びるのを見た。
それを目にした瞬間、紫月は不意に悟った。
……嗚呼。そうなのか。
明確な答えはなく、ただ何かを理解する。
そこには驚きも絶望も、何もなく。
ただ、こちらを見つめる瞳の悲しさだけが、辛かった。
薬売りがひそやかに、終焉を告げる。
終幕の、始まりを。
「そして、紫月さん。貴女が、その魂であり――
モノノ怪だ」
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瑪瑙(プロフ) - ちびレトさん» ありがとうございます!物語もそろそろ佳境、楽しんで頂けたら幸いです(^^) 頑張ります! (2018年11月9日 21時) (レス) id: 2ce5584cfa (このIDを非表示/違反報告)
ちびレト - 更新待ってましたー!ヽ(*´∀`)いつも楽しくドキドキしながら読んでます♪♪ (2018年11月9日 18時) (レス) id: 4dbeda4f8f (このIDを非表示/違反報告)
瑪瑙(プロフ) - 栞さん» ありがとうございます!彼女自身、いろいろと感情が揺さぶられているようです…。今後もよろしくお願いします! (2018年10月10日 23時) (レス) id: 4aa70732e7 (このIDを非表示/違反報告)
栞(プロフ) - うわぁ...紫月さん可愛ええ...。いつも楽しく見てます… (2018年10月10日 22時) (レス) id: cbb68f3624 (このIDを非表示/違反報告)
瑪瑙(プロフ) - みづなさん» ありがとうございます!そう言って頂けると嬉しいです(^^) 亀更新ですが、これからもよろしくお願いします! (2018年9月12日 21時) (レス) id: 4aa70732e7 (このIDを非表示/違反報告)
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