十八ノ幕 ページ20
「――紫月さん」
翌朝、朝食を摂りながら意識を別の場所に飛ばしていた紫月はその声に我に返り、膳を挟んだ向かいに座する薬売りを見る。
箸を持ったまま、まるで夢から覚めたような顔をする彼女に薬売りが首を傾げた。
「大丈夫ですか? 顔色が、悪い」
「え……? あ、はい……」
そう答えるものの、彼女の膳はほとんど減っていない。
起きながら夢を見ているような姿を不審に思ったのか、薬売りが音もなく立ち上がって傍らに膝をつき、額に手を伸ばす。
「熱はないようですが……何か、ありましたか?」
「……夢、を」
薬売りの冷たい掌に少し目を細め、小さく呟く。
「夢を見て……とても、不思議な夢で……」
「……それは、どのような?」
その瞬間、ふっ、と薬売りの瞳が揺らいだことに紫月は気付かない。
ここではないどこかへと視線を投げて、ぽつぽつと呟く。
「穴を、掘っているのです。砂利を除けて、土を掘って……」
「……どこで?」
「河原の……川神様の、祠の前で……」
ひたすら延々と、淡々と、自分は穴を掘っていて。
「それで、歌が聞こえてくるのです」
「歌?」
「『掘って、投げて、埋めましょう』……と」
まるで宥めるように、楽しむように、嬉しげに。
本当に聞こえていたのかさえ定かではないけれど、鼓膜に残るそれは鮮明だ。いっそ、生々しいほどに。
「不思議な夢でした……」
昨夜、川神の祠を目にしたためか、それとも女将の昔語りを聞いたためか、昨日から妙にその光景が脳裏に焼き付いて離れない。
それゆえに奇妙な夢を見たのかとも思ったが、薬売りが紫月の頬を包んで視線を合わせる。
何かが凝り固まったような眼差しにどきりとした。
「……薬売り様?」
「それは、不思議な」
胸に滲む不安に掻き立てられ、その名を呼ぶ。薬売りが目を細めた。
「……そんな顔をしなくとも、大丈夫ですよ。ただの、夢でしょう?」
不安げな顔する紫月に微笑み、薬売りが囁く。
「大丈夫ですよ。……傍に居ます。貴女の、傍に」
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瑪瑙(プロフ) - ちびレトさん» ありがとうございます!物語もそろそろ佳境、楽しんで頂けたら幸いです(^^) 頑張ります! (2018年11月9日 21時) (レス) id: 2ce5584cfa (このIDを非表示/違反報告)
ちびレト - 更新待ってましたー!ヽ(*´∀`)いつも楽しくドキドキしながら読んでます♪♪ (2018年11月9日 18時) (レス) id: 4dbeda4f8f (このIDを非表示/違反報告)
瑪瑙(プロフ) - 栞さん» ありがとうございます!彼女自身、いろいろと感情が揺さぶられているようです…。今後もよろしくお願いします! (2018年10月10日 23時) (レス) id: 4aa70732e7 (このIDを非表示/違反報告)
栞(プロフ) - うわぁ...紫月さん可愛ええ...。いつも楽しく見てます… (2018年10月10日 22時) (レス) id: cbb68f3624 (このIDを非表示/違反報告)
瑪瑙(プロフ) - みづなさん» ありがとうございます!そう言って頂けると嬉しいです(^^) 亀更新ですが、これからもよろしくお願いします! (2018年9月12日 21時) (レス) id: 4aa70732e7 (このIDを非表示/違反報告)
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