君だから

Extra absk version2 ページ20

「そんな変わんないじゃん」


登って佐久間の隣に座る。

「変わってるって！気づかない？あの塀の向こう、見えちゃう！誰のお宅かな？」


ニコニコと遠くを見渡す。



「お前、いっつも楽しそうだな」


「阿部ちゃん、楽しそう、じゃなくて、俺は超楽しいの！」


「何でも楽しめて羨ましいよ」


ハハッと空笑い。

「…阿部ちゃん、楽しくないの？」


急にショボンとした声色に、慌てて。


「や、そんなことないけど、仕事好きだし」


「そーじゃないよ、今」


そうだった、今のはなし。


「楽しいっていうか、まぁ、夕日は、
…綺麗だな」


急に佐久間が俺との距離を詰める。


「なんで綺麗だなって思うの？」


「え？なんで？なんで…、空の、色のコントラストとか…」


「ぶー！不正解」


思わずムッとして。

「なんだよ、こんなのに不正解とか。主観の問題なんだか…」


一瞬何が起こったのか。

至近距離に佐久間の長い睫毛。


キス、されてる？




一瞬が一生くらい長く感じて、唇が離れる。


「な…」


声にならないけど、全身が熱くて。


「隙あり！」


ニコッと笑う。


「夕日が綺麗だなって思うのは、大好きな人と一緒に見てるからってことでしょ？」



どういう意味だって、頭が混乱して、全く着地点が見つからない。


「あはは！阿部ちゃんバグった！」


キャハハッと笑う佐久間が立ち上がるから。
思わず手をつかむ。


目があって。

「こ、こんな細い棒に立ったら、あ、あぶなっ…」


混乱したまま、言葉がまとまらない。
違う、ほんとに言いたかったのは。


ふふっと優しく笑って、また俺の隣にしゃがみこむ。

「阿部ちゃんが、夕日が綺麗だなっていうから、俺、心臓飛び出るかと思った」


「…なんで？」


「知らなかった？昔の作家さんが、比喩で使ったんだよ。愛してますって、意味なんだって」



「…」

「博識披露！」


知ってる。
でも、それは


「ちょっと違う…月が綺麗ですねってのが、愛してますって意味」


夏目漱石の。有名なフレーズ。
頭が冷静を取り戻す。


「マジ！？間違えた！」

「フフ、バカじゃん」


小さく笑うと。


今度は頬に軽くキスが来た。

佐久間の前髪で耳元がくすぐったくて。

小さく何か聞こえた気がしたけど。



「帰ろっ」


佐久間が俺の手を握る。



握られた手を、少し握り返す。


夕日が綺麗だな、ってフレーズにも。
実は意味があるんだ。


【あなたの気持ちを教えて】


教えないけどね。

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