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少し歩いて、まず目に入ったのは木造の平屋だった。
「あ、ツバメ堂……懐かしいね」
駒幸龍樹は無意識に呟いていた。
"古書 ツバメ堂"、今もその屋号と小さな燕の絵が描かれた質素だが味のある看板は健在だ。
「よく学校帰りに寄ってましたね」
ミヤコさんというおばあさんが1人で営んでいた、古本屋"ツバメ堂"は子供たちのたまり場でもあった。龍樹も買い物に利用することはもちろん、友達との勉強会をすることもあった。用がなくてもよく行ったものだ。
ノスタルジックな気分に浸っていると、ツバメ堂のドアがガラガラと開き、ひょっこりと老婆が顔を覗かせた。
「あら、お客さんかね?」
ミヤコさんだった。記憶の中の姿のままだ。
「ミヤコさん!お久しぶりです。駿です、診療所の息子の。こっちは……」
駿の言葉を聞いて、ミヤコさんは目を見開いて手を握った。
「あら〜、ずいぶん久しいねぇ。こんなに大きゅうなって!」
「全然変わってなくてびっくりしました。ミヤコさんも、村も」
「ありがとう」と照れくさそうに笑うと、「祈里村はトガバミ様が守ってくださってるけぇね」と拝むような仕草をした。
――トガバミ様
懐かしい言葉だった。村を離れてからは、耳にすることはなかったし、存在すら忘れかけていた。
「ほら、上がっていかんね」
促されるまま、ツバメ堂の中に入る。狭い店内に、並べられた棚に本が所狭しと積まれていた。本の匂いで満たされた空間は、なんとなく安心できた。
棚の間を1列になって通って、抜けた先にある和室。真ん中にテーブルが置かれ、それを囲むように座布団がいくつも置かれている。
子供の時と変わらない。あのときの日常がそのまま残っているみたいだ。
「ゆっくりしていきんしゃい」と昔と同じようにジュースを出してくれた。
お礼を言うと、いいの、いいの、と嬉しそう手を振って出ていった。
「わー、懐かしい。昔に戻ったみたいだね」
龍樹はジュースの入ったグラスを手に取った。グラスの冷たさは心地よく、口に運ぼうすると、突如紅葉に制止された。
「だめ!」
「えっ?」
紅葉ははっとしたように慌てて付け加えた。
「あっ、それ、飲まない方がいいかも。えっと……さっきチラッと見えたの。賞味期限だいぶ過ぎてた」
「急にごめんね」
「ああ……いや、ありがとう」
「ミヤコさんも、ちょっと大雑把なとこあるよね」
ごまかすように笑うと、そのまま会話が再開された。
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作者名:花乃子 | 作成日時:2023年12月21日 20時