花笑み Ⅲ (ページ39)

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124.春を待ちながらページ39

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阿部ちゃんは、静かに眠っている。

彼が望んだ通り、
特別な延命治療はせず、

最低限の栄養を補うだけの点滴を入れるだけの、
簡易的な治療を受けている。

それでも彼は、
しっかり呼吸をして、

時折花を吐きながらも、
ちゃんと心臓を動かして、

春を待つように、
あの日からずっと眠り続けている。

金木犀が香った、秋の始めの心地よい空気はすっかり冷え込んだけれど、
まだ彼が「冬だね」と教えてくれないから、
俺の季節は秋で止まっている。

「お寝坊さんだねぇ」

今日も病室に阿部ちゃんの顔を見に来たけど、
相変わらずきれいな顔をして眠っているだけで、

どんなに話しかけても、
あの優しい笑顔と声は帰ってこなかった。

阿部ちゃんが大切にしていた春の舞台も、
少しずつ動き出そうとしている。

眠ったままの彼を残して。

dt「で、これがデザインなんだけど」

稽古場に併設された簡易的な会議室で、
舘さんが衣装のデザイン画を見せてくれていて、
俺はそれを半分、上の空で聞いている。

MV用とは別に、
舞台用の新しい衣装を作ってくれているみたいだった。

デザインに口出しするつもりは無いし、
自分はこういうのに対してもっぱら疎い。

アニメのTシャツがあればそれでいいし、
こだわりもあまりない。

動きやすさだけは重要だけど、
それも一度袖を通してみないとわからないから、
こういうときは耳だけ傾けている。

だから、自分が上の空で別のことを考えていても、
別にメンバーから何か言われることもなかった。

dt「佐久間、」

と、思っていたら、
ふと名前を呼ばれて、

上の空だったのがばれないよう、取り繕った。

目の前に一枚のデザイン画が置かれて、
いかにも興味がありますよ、
という風に覗き込む。

「あれ、なんか佐久間さんっぽくないなぁ」

普段、オーバーサイズの衣装が多い自分にとっては、
少し上品でかっちりした印象のデザインだった。
自分の着ている姿が、あまり想像できない。

dt「違うよ、聞いてなかったのか」

「え、俺のじゃないでやんすかぁ？」

聞いていないのがバレた、と思って、
慌ててとぼけてみせる。

dt「阿部のだよ」

息が詰まった。
吸い寄せられるように、そのデザイン画を覗き込む。

この衣装を着た阿部ちゃんを一瞬で想像した。